K.Doi
2022/3/14~16 海士町での島流し研修の記録。主観で綴る。
★この内容は 2022/3/16 の記録です。 それぞれの場所での振り返りを終え、会議室へ集合。最後のシェアと振り返りをして、いよいよ島を離れていく。 ※前回の記事はこちら 日常への接続非日常の島の中で向き合った、自分の主観・自分のらしさを、いかに会社のらしさや(仕事を中心とした)日常に接続していくか。 これが振り返りのテーマとして提示されたお題目だった。 たった3日間で別人になれるわけではないし、急に大きな変革ができるようになるわけでもない。 それでも確かに、そ
★この内容は 2022/3/16 の記録です。 明屋海岸で朝から熱い気持ちを叫んだ後は、島の玄関口、菱浦港の近くへ。 いまから15時のフェリー出港までは、非日常から日常に接続していくための最後のワークだ。 ※前回の記事はこちら ホテル Entô(エントウ)向かった先はホテル Entô(エントウ)。 2021年7月に旧マリンポートホテル海士がリニューアルされて誕生したホテルだ。 別館を新しく建て直し、客室を一新。ロビーフロア等は隠岐ユネスコ世界ジオパークの拠点として
★この内容は2022/3/16の記録です。 9人の仲間と濃厚な時間を過ごした、非日常の時間も本日まで。 島から出れば、それぞれ、いつもの慌ただしい日常に押し流されていくだろう。 この島で感じたことを、気づいたことを、どう日常に接続していくか。それが最終日のテーマ。 ※前回の記事はこちら 明屋海岸へ朝食を済ませまず向かったのは、島の北東部の明屋海岸。 素潜りをすればサザエがいくらでも採れてしまうような青く澄んだ海岸で、夏場はキャンプ場にもなるという。 ぼんやりと想
★この内容は 2022/3/15 の記録です。 濃厚な午前中の越境者の方々を訪問を終えた後は、島の日常を体験し、今度は私たちが島の人たちに語りかけていく。 ※前回の記事はこちら ワカメ収穫体験ちょうどこの日は、島の小学生たちが、少し前に仕込んだワカメを収穫する日。 私達も収穫のお手伝いをさせてもらいながら、子どもたちとの交流も深める。 まずはみんなでワカメを引き上げて、 そして、どんどん切っていく。 大人たちはワカメがついた綱を持って、サポート。 手に取るとこ
★この内容は 2022/3/15 の記録です。 町役場を後にし、ここからは2組に分かれて、さらに2人ずつ島の越境者を訪ねていく。 ※前回の記事はこちら 還流コーディネーター ロドリゲス拓海さん私たちのチームが次にお話を伺ったのは、ロドリゲス拓海さん。 ペルーの血が流れる、東京生まれ、東京育ち。20代半ば。 早稲田大学在籍中に、都市と地方の教育格差への関心を持ち、隠岐國学習センター(島の高校生の予備校のような場所)にインターンに来たことがきっかけで海士町と関わりを持つ
★この内容は 2022/3/15 の記録です。 1日目は非日常へ気持ちを移しながら、周りや自らの多様性を再認識。 2日目は「ないものはない」海士町で、想いを持って活動している方々を訪ねていく。 ※前回の記事はこちら 海士町の人口と移住者「危機感はあるが悲壮感はない」 島流しに来る前に読んだ、海士町に関する本の中で書かれていた一節だ。 2000年の時点で2600人だった海士町の人口は、過疎化&高齢化で2020年には1900人にまで減少する見込みだった。 そんな中で
★この内容は 2022/3/14 の記録です。 曇天のなか、船にゆられること約3時間。ようやく目的地の隠岐諸島 中ノ島へ到着。 ここから3日間、非日常の『島流し研修』に突入していく。 中ノ島と海士町(あまちょう)中ノ島と言ったり、海士町(あまちょう)と言ったり言葉が揺れるけど、これは同じ意味。 隠岐諸島は、「一島一町」制なので、島ごとに町がある。 隠岐の島町(島後島) 西ノ島町(西ノ島) 海士町(中ノ島) 知夫村(知夫里島). なので、島の名前で読んでみたり
★この内容は 2022/3/14 の記録です。 いよいよ、島流しの初日。 島根県には前日入りし、朝イチで境港からバスで10分ほどの七類港へ向かう。 参加者とはここで合流だ。 集合今回は、6社から9名が参加する混合型の研修。 七類港のターミナルビルで、みなさんとお互いはじめまして。 まずは抗原検査島根県は蔓延防止解除されているものの、今回は該当地域からの参加になるので、簡易的ではあるけど検査から。 ここでNGだと、島流しにさえ行けない、1番悲しい展開に。 みなさ
海士町への島流し(=研修)が決まってから、あまり時間はなかったけど、海士町について少し学んでみた。 受け入れ先の、"株式会社 風と土と" さんからは、「構えずに来てください」と言われたし、研修内容は敢えて事前に知らせない というスタンスではあったけど。 【僕たちは島で、未来を見ることにした】今回訪問する、"風と土と" の前身となる "巡の環" が立ち上がり軌道に乗っていった経緯が書かれた本。 代表の阿部さんと信岡さんがトヨタを数年で辞め、海士町を入り込んで行った経緯が