岸田前総理は女子力、いや、助詞力の持ち主だった。
クセの3つの系列、最後は「話術定着系」です。系列名に「話術」を入れています。正確に言うならば、クセなので話術ではないのですが、話し手の独特な話し方、口調の偏り、リズム感などから生まれる、長年かけて熟成させた話術のようなものとも理解できるので、敢えて話術定着系と名づけました。
僕が代表的だと思っている2つの例を挙げます。この系列は人口の数に比例してクセの数があると考えていますが、僕が実感を持ってクセであると認識しているものに限ったため事例は2つです。しかし実際は他にも多く存在します。お読みの方の中で、あなた自身や周りの人で話術定着系に当てはまるものに心当たりがあれば、ぜひコメントください!
助詞力
助詞に分類される「は」「の」「で」「から」などを、無用に強調するような話し方のクセを、女子力ならぬ助詞力と呼んでいます。典型例が岸田文雄前
総理です。
指定した開始37秒からの、総裁選に出馬しない表明をおこなったあたりを見てみましょう。声を強く出していたり音程が上がっていたり、直前にわずかな間(ま)を作るなどして強調されていると感じる助詞を「太字」にしています。
42秒間のスピーチで5回目立つ助詞がありました。8秒程度に一度は助詞を強調している話し方と言えます。これが助詞力です。岸田さんのスピーチを毎度つぶさに観察していた訳ではないので、なぜこのような独特なクセが生じたのか分かりませんが、取り上げた40秒強をよく見てみると、強調する助詞の直前にキーワードがあることが共通点であるように思います。今回の総裁選挙、新生自民党、しっかりと示す、自民党が変わる、私が身を引くこと。どうでしょう?
岸田さんは、伝えたい重要な言葉やメッセージが、より伝わるような工夫を施すために、キーワードの直後の助詞を強調するような話し方が定着したのかもしれません。もし、私が岸田さんからスピーチの相談を受けたとしたら、助詞を強調するのではなく、キーワード自体をゆっくり・優しく話したり、キーワードの直前にしっかり間(ま)を取るなどの提案をすると思います。キーワードのあとの助詞を立てたところで、キーワードは言い終わって過去の時間に溶けてしまっていますから。
不快度は「高」としました。でも、岸田さんのスピーチを聞いて、実は僕は不快に感じたことはありません。当初から岸田さんのクセだと認識したので、むしろこの話し方でないと物足りないくらいです。このクセを聞くのが癖になったという訳です。なぜ岸田さんだと、そう割り切れたのか。それは一国の総理だからです。総理という唯一無二の立場の人物の話し方は、その人物のブランドとして認識して許容する僕がいたということです。決して歓迎するクセではないけれど、絶対的に拒否するものでもないということです。では、このクセを身近な人がしていたらどうでしょう?きっと不快だしストレスが溜まるのではないでしょうか。助詞力の使い手は多くないかもしれませんが、周りに与えるマイナスのダメージはどうやら大きいというのが僕の見解です。
畳みかけナルシシズム
こちらは助詞力よりも一般的なクセです。句点(。)も読点(、)も存在しないかのような一気通貫な話し方が特徴です。話し始めると、途中で酸欠を心配したくなるように一息で話す感じの聞こえ方だったり、わずかな間(ま)をとって一瞬で息継ぎをしてすぐに話を続ける聞こえ方です。僕の見立てでは、頭の回転が良い人や、自分が話している最中に他の人に割り込まれたくない心理が強く働く人に多い気がしています。こちらも喫茶店やファミレスで男女問わずに(どちらかと言えば女性陣の会話から観察できることが多い)聞かれるクセです。
テレビ朝日の名物番組「朝まで生テレビ」。ここに出てくる論客は、この話し方を多用している人です。他にも多数の論客がいて、少しでもツッコミどころがあったり間(ま)ができたりすると、すかさず反論の弁を入れられて場の中心が奪われてしまう苛烈な環境ですので仕方ないだろうと思います。
しかし、そんな環境下ではない人でも、この話し方をする人がいます。さらに最近は多くなっている印象を持っています。理由は二つあると考えています。一つは、情報過多で関心や注意が散漫になりがちな中で、特定の一人の話に耳を傾け続けるのが難しい時代になっているため、関心を切らさないように喋り続ける動機が働きがちになっていること。その典型がユーチューバーの話し方です。もう一つは、テレワークでzoomのようなWeb会議が当たり前になり、リモートで話す時の間の取り方がコロナ前までよりも全般的に短く変わってしまっているように感じていることです(いずれ掘り下げたい論点)。両者の要素が掛け算となって、オンラインだけではなく対面でも、一般論として畳み掛ける話し方をする人が増えているように思えます。元々このクセがある人は、外部環境の変化により、さらに磨きが掛かっている可能性があるので注意が必要です。
この話し方を日常会話だったり、身近なメンバーによる社内会議くらいの規模でおこなうならば許容されるかもしれません。しかし、顧客向けのプレゼンやウェビナーでのスピーチといった場面でおこなうのは得策ではありません。その割には不快度が「小」なのは何故か、という声が聞こえてきそうです。前述したようにYouTubeで散見される、矢継ぎ早に喋るコンテンツが多い中で、今時の話し方だと割り切って受け止める人が増えてきているような気がしていることが不快度を少なめにした理由です。ただ、これについてはあまり根拠がありません。大切なのは、本当に望ましい話し方であるかどうかは別問題だということ。速射砲、立板に水の如く滑らかに話すのは、話し手本人は悦に入るものでしょう。しかし、決して聞き手を置き去りにしてはいけません。
私の「話し方ワークショップ」で高い関心が寄せられる話し方の「クセ」について、3つの系列に分けてご紹介しました。いずれも共通しているのは、過剰に出現することを避けたいということです。自分の何かしらのクセに気がついたら、まずは半分にすることから始めてみてください。クセというからには、日常会話でもスピーチでも必ず頻度高く出現しているはずです。クセを認識することから始めて、少しずつで良いので改善していく意欲と行動が大切です。クセが多い人ほど、改善の効果は劇的です。効果は、自分が話している時の感覚が変わること、そして聞き手からポジティブな感想やフィードバックをもらえるようになることで感じられます。