ホテルのBGMとは何か?
私がホテルのエンタテインメントに関わる仕事をしてきた中で、ひとつの問いがありました。
「ホテルにおけるBGMとは何か?」がそれでした。
主にホテルのBGMと言えばジャズでしたがそれは夜のBARの雰囲気であって24時間、様々な顔を見せるべきホテルに必要な音楽、いや”音”はなんであろうかと考えるのが習慣でした。
足を運ぶホテルにおいてボッサやジャズあるいはポップスのインストなど、どこかで既聴感のある有線のチャンネルで流れるのを聴くのが多いように感じていました。
スターバックスのBGM
私はアーティストマネジメントをしていた時代、担当していたindigo blueというデュオのナッシュビルで録音したファーストアルバムをどうしても当時店舗が拡大されていたスターバックスで流したいと考えました。
音楽は現地の質感に本当にしっくりと馴染むのです。
テネシーのナッシュビルのスタバとその現地でレコーディングしたサウンドがとても馴染んだのを覚えています。
沖縄音楽は沖縄で聴くのが最も心地よいと感じるあれです。
アメリカで録音した渇いたサウンドはそのカルチャーを感じさせる空間でこそより引き立つと強く感じたのです。
この作品は全国のスターバックスコーヒーで流れることとなるのですが、この話はまた別の機会に。
indigo blue
この経験も大きいのですが音=BGMと空間は私のずっと長い間の"問い"となっています。
ホテルにおける音楽体験
そして数年前沖縄へ行った時、その空間と音がとてもマッチする体験をしました。
ハイアットリージェンシー瀬良垣のBGMでした。
ハワイアンやカントリーミュージックが絶妙に流れその土地の持つ湿度、温度、風景と合わさってより心が動く体験として届けてくれたのです。
ホテルの音、サウンドが存在感を示し確実にブランドとしての体験を高めていました。
このハイアットリージェンシー瀬良垣から帰ってからまたホテルのBGMとは何かという問いを思考する時間は増えていったように感じます。
ここではないどこか
ホテルのBGMとは何か。
ホテルでの体験は何か。
この”問い”は私の中で日増しに高まっていきました。
ハイアットリージェンシー福岡がリブランドし新たなブランドに生まれ変わるというタイミングで私は新たな提案の場を得ます。
ここで新しいホテルが新たなコンセプトとともに生まれ変わることになりました。
その空間に響くべき音は何か。
このBGMを探すにあたり多くの選曲家の方にお会いすることになります。
実際に多くの方にお会いする中で、辿り着いたのは松浦俊夫さんでした。
松浦さんと言えばDJとしてジャズのジャンルにおいて世界で活躍する方として以前から私も憧れる存在でした。
そして松浦氏とこのホテルにふさわしい音楽やコンセプトについて何度も話し合いを重ね、松浦さんが提示してくれた言葉は『ここではないどこか』でした。
松浦俊夫氏
日本に旅するでもなく、福岡に旅するでもなく、このホテルに旅する。
このホテルは何か、という問いを音楽で紐解いていく。
そんな言語化がたまらなくワクワクしました。
現在も季節に合わせこのホテル、THE BASICS FUKUOKAの音を松浦俊夫さんと創り続けています。
THE BASICS FUKUOKA (公式ホームページより)
AISOとの出会い
そして私はひとつの音と出会います。
ちょうどコロナウイルスがやって来て私はまた”ホテルのBGMとは何か?”という問いと向き合っていました。
私はホテルのBARにおいてジャズの生演奏を届ける仕事もしておりましたので、音楽をライブで届けられないならホテルのルームでVODシステムでピアノ演奏を届けようとシステムの開発を行なっている最中でした。
そんな折、たまたまひとつの記事を目にします。
ループしない終わらないBGMでした。
そのプロダクト名はAISO。
何より”ループしない終わらない”この言葉は私の脳内にガツンと衝撃を与えて来たのです。
そしてこのプロダクトの開発者でありサウンドデザイナーの日山豪さんにお会いすることになります。
私からのラブコールでした。
日山豪氏
日山さんと、この終わらないBGMとの出会いを通し、私の「ホテルのBGMとは何か?」という問いが「ホテルの体験とは何か?」に移って来ます。
私はもうひとつの問い、「地方の音とは何か?」に向き合いたいと考え始めるのです。ホテル×BGM×ローカルとテーマは移っていきました。この話は日山さん出会うこと数ヶ月前のことでした。感染症による自粛生活も長期化し始めエンタテインメント、音楽、文化など様々なものの価値が問われていた頃でした。移動などが制限され自ずとその地域や住んでいる場所へ想いが回帰するタイミングであったと思います。そして私の仕事の中心、ホテルにおいて“博多というローカル”をテーマとして音を作ることに挑戦しました。
私の信頼するジャズピアニスト岩崎大輔氏と博多伝統の金獅子太鼓・筑紫珠楽氏、篠笛・甲斐典子さんのコラボレーションでした。
ここではホテルのバンケット(大規模宴会場)を使いジャズ×和太鼓でホテルで鳴らす地域の伝統の音とジャズの組合せで昨年、失われた博多の三大祭の音を再現する試みを行いました。
ECHOES POINTそして体験へ
このように少しずつ「ホテルのBGMとは何か?」という問いは「地域の持つ音とは何か?」と並行して思考の対象となっていきました。
サウンドデザイナー日山豪さんとの出会いと同時に不思議なタイミングで熊本に新たなホテルプロジェクトがあることを知ります。
私はそのプロジェクトを聞くや否や熊本へ足を運んでいました。
社内でフィールドレコーディングチームを急造しサウンドエンジニアを2名帯同し熊本の音を探しに、もう身体は動いていたのです。
熊本は阿蘇山があり、山のイメージかと思われがちですが火山があるからこそ、その岩盤を土台に天然で良質な水に恵まれた場所です。
地下水も有名でこの美しい水源やもちろん山や熊本の祭りなど文化の音を収録しにいきました。
私の頭には出会ったばかりのAISOとのコラボレーションがすでに頭の中にありました。
そしてこの音を収録するために各地を動いていると音を探すための旅にもとても魅力があるものと気づきました。
この音を巡る旅を映像に収めようということにしたのです。
「ホテルのBGM」から「ホテルのBGMと音風景(サウンドスケープ)」へと届けたい企画は昇華されていました。
実際にこのサービスはECHOES POINTというサービス名でサウンドデザイナー日山豪さんと生み出すことになります。
第1弾は熊本駅直結のホテルTHE BLOSSOM KUMAMOTOのオリジナルサウンド心音-cocone-としてデビューすることになります。
THE BLOSSOM KUMAMOTO (公式ホームページより)
そんな私が持ち続けていた「ホテルのBGMとは何か?」という問いを日山豪さんの考えるBGMやサウンドについて聴く機会を持ちましたのでご覧ください。
一つの気づきは一つの問いとなり、何か世の中に新しい価値を生み出すかもしれない。
これからもホテルという空間とBGMについて考察し続けたいと思います。そして音から拡がって新たな問いを持っていたいなと思います。