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音楽はそのカルチャーごと丸ごと聴け
その伝説は50年真空パックされていた。
アレサ・フランクリンの伝説のゴスペルライブの音源が実は映像があって、
いやそもそも映像化するためのものだったのだが、
事情がありお蔵入りした映像が50年の時を経て、今ここに復活のような映画が「アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン」だったわけです。
日本にゴスペルはあるのか
ゴスペルは映画で見るのは「天使にラブソングを」が頭にすぐ浮かぶ。
そして日本では亀渕友香&VOJA(The Voices of Japan)がゴスペルをリードしてきたのだと思う。
そんな亀渕さんにヴォイストレーニングを受けたMISIAもゴスペルをルーツに持ち、ゴスペルのクワイヤーとともにTHE GLORY DAYなどを発表している。
日本にもゴスペルがないわけではない。
アレサを媒介にその場に集う人が生きるための歌
アレサ・フランクリンの幻の映像を観ることが出来るということで小さなミニシアターに足を運んだ。
そこにはアレサがいた。
教会ライブということもあり、小さなミニシアターで鑑賞したこともあり、アレサを近くに感じることが出来た。
歌は圧倒的だった。映像も心に迫ってくるものがあった。
しかしこの映画を観るとゴスペルがもっと深いところで聴衆を一体にさせている。
この感覚は映画を観ていても中々”自分ごと”として捉えられない。
アレサ・フランクリンの歌が素晴らしいのは言うまでもないがそんなことをもっと超越したところにオーディエンスとアレサ、そしてゴスペルクワイヤの一体感がある。
圧倒的に彼らの人生というか生きるということに直結しているのだ。
歌そのものが祈りでそして生きるということなのだ。
信仰を持っていることに感謝するアレサのワンシーンがあるがまさに宗教とはその人そのもので呼吸をすることなのだと感じられる。
ここまで昇華された世界の中で音楽があるからその音、メロディ、メッセージは生きることなのだと感じられた。
その強い歌はアレサの身体を通して響かせるジーザスの歌なのだと感じた。
音楽はそのカルチャーごと丸ごと聴け
だから”歌”そして音楽はやはり祈りなんだと思う。
日本の祭は様々な”祈り”が込められたと聞く。
多くの命を奪う天災や疫病など人の力ではどうにもならぬような、そんな出来事にヒトは無力でそしてきっと抗うことは出来ずそれを受け入れざる得ぬ時、歌を通して祈ったのだと感じる。
それをこのアレサのゴスペルに重ね聴けば、あの牧師さん達、ゴスペルクワイヤーたちが涙をしながら一体になるあの高揚感や感動を少しだけ共有できるのかもしれない。
音楽はきっとその楽しみ方は自由だ。
だから音楽は”音を楽しむ”と書く。
しかしそんな音楽をより深く味わうには
そのカルチャーごと丸ごと聴け。
そしたら聴こえてくる もっともっと伝えたい音が。
と、そんなふうに感じる鑑賞後の帰り道。
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