愛着と平成
知ってるおうたが聴きたい――車でラジオを聴いていると、子どもたちにこうせがまれる。「知ってるおうた」とは、彼らが普段聴き慣れている童謡のこと。子どもは既に親しいものへの執着心が強いといわれる。しかし大人の私でも、もしドライブのBGMが私に馴染みのないメタルやパンクロックだったら――同じことを言うかもしれない。
本選びでも似たようなことがある。図書館で借りる本を子どもたちに選ばせると、わざわざ家にもある本を選んでくることがある。東京子ども図書館名誉理事長の松岡享子さんは、この執着心をこう分析する。「(物語の展開が)新しい人物、新しい事件の連続では知的に無防備な子どもたちは、その緊張と不安に耐えられない」(「えほんのせかいこどものせかい」)。自ら世界を広げていくには、既に愛着のあるものをきっかけにするのがよさそうだ。
1988年開局のFMラジオ局J-Waveは、平成とあゆみをともにしてきた。ここで開局以来ナビゲーターを務めるクリス・ペプラーさんは、平成の30年で「外見よりも中身や本質が重視されるようになった」と振り返る(Meet Recruit クリス・ペプラーが語るヒットチャートと平成)。同局のヒットチャートは、開局当初の洋楽志向から、邦楽にも寛容なものに変わってきた。バブルの生成と崩壊を経て、アメリカへのコンプレックスや高級感、洗練されたものへの人々の憧れは、身近なものや場所への愛着へと変わってきたという。逆に言えば、多難な平成の世を生き抜くために、人々は音楽に愛着を求めたのかもしれない。
現代は「VUCA*の時代」といわれる。ポスト平成になっても、この「先行き不透明感」は加速していくだろう。だからこそ、子どもたちには自分が愛着を持てるモノ、コトを大事にしてほしい。本は無理して読んだり、曲も無理して聴いたりするものじゃない。自分が腹落ちして愛着を感じたものから徐々に好奇心を伸ばしていけばいい。でないと逆に、本質重視のハッタリが通用しない世の中、外見だけ繕ってもまわりに見透かされてしまう。
*VUCA(ブーカ)とは、Volatility(ボラティリティ・変動)、Uncertainty(アンサータィンティ・不確実)、Complexity(コンプレキシティ・複雑)、Ambiguity(アンビギュイティ・曖昧)の頭文字をとった語。1990年代後半にアメリカの軍事用語として発生したが、2010年代になってビジネス界でも使われるようになった。
Meet Recruit クリス・ペプラーが語るヒットチャートと平成
https://www.recruit.co.jp/meet_recruit/2018/08/sc16.html