見出し画像

人は主観の塊でしかなく

 人には主観しかないので、不確かな情報を当たり前のように大切にして生きている。それは当人にとっては嘘ではなく主観であって、たとえ分かっていても翻弄されてしまう運命を背負わされている。
 この主観とは誰かの主観のことではない。自分勝手な他人の感想や意見などではない。自らの主観。それによって私たち自身は、悩んでしまうのだ。
 私たちの悩みのタネの多くは自分自身によるものなのだから、本当はもっと主観に関して注意深くなるべきである。それを怠り、放っておいてしまうと、途端に自分の中に保存しておいた不確かな情報によって、自分自身を裏切ることになってしまう。
 とはいえ主観とは自らのことであるから、それを警戒することなど簡単ではない。自分自身に気を許さないで、いつ気を許すというのか。
 にもかかわらず私たちは自分を主観によって騙してしまうから、最も警戒すべきはまさに自らのいつも隣にいる自分をおいて他にはない。
 時としてそれは辛い。
 しかし自らを疑えなければ、まして他人にそれをすることも、不確かによる苦しみを回避することもまたままならない。疑うしかない。あるいは本当かどうかを一旦考えるでもいい。
 自分と、その抱く主観について。
 何を正しく思い、なにを悪と認定しているかを。

※このテーマに関する、ご意見・ご感想はなんなりとどうぞ

いいなと思ったら応援しよう!