【書評】哀しくも愛おしき人生の数々〜『心淋し川』(西條奈加)
第164回直木賞受賞作、西條奈加さんの『心淋し川』です。心に沁みまくる小説でした。この作品と『オルタネート』が候補作品として並んだのは面白いなーと思います。さぞかし意見が割れたことでしょう。
1、内容・あらすじ
舞台は江戸時代の「心町(うらまち)」。
心町は千駄木町(現在の文京区内)の外れの一角にあり、そこには「心淋し川(うらさびしがわ)」と呼ばれる小さく淀んだ川が流れています。
その川の両脇に建ち並ぶ、古びた長屋に暮らす人々。彼らもまた、「心淋し川」のように淀んで流れない人生に行き詰まり、もがいている人たちばかりでした。
絵師に恋をし、貧しい長屋の暮らしから連れ出してくれることを期待する若い娘。
一つの長屋に囲われた、先行きに不安を覚えている不美人な四人の妾たち。
昔、手ひどく捨てた女のことが忘れられず、後悔のうちに生きる料理人。
嫁に奪われた半身不随の息子を取り戻し、憑かれたように愛情を注ぎ続ける母親。
客だった男と一緒になって身ごもったものの、それを男に言い出せないもと遊女。
そしてそんな長屋の人々を見守り、何くれと助ける差配人・茂十の人生が明かされる時、物語の全貌が明らかになります──。
2、私の感想
これは酸いも甘いも噛み分けたベテランだからこそ書ける作品だと思います。
連作集になっていて、それぞれの短編で、心町の長屋に住む人たちの、決して順風満帆とはいえない様々な人生が描き出されます。
「そうだよねえ、人生は哀しくて大変なことばかりだよねえ……」と共感しながらページをめくっていきました。
ところが、最終話でこの作品がただの連作集ではないことがわかります。
それぞれの短編に登場する住人同士はつながりがないのですが、唯一全編に登場するのが、長屋の差配人(言うならば管理人でしょうか)である茂十。
最終話で、この茂十の過去が明らかになるのですが、これが驚きというか、可哀想というか、胸を打つ話。同時に、「ちょいちょい出てくるけどこれは何だろう」と思っていたものと茂十の関係が明かされます。
さらにその先も驚く展開があって……と続きます。
この最終話のおかげで、作品全体の面白さが2倍にも3倍にもなる感じです。
江戸の舞台を借りてはいますが、人生に行き詰まってもがく様は現代の我々と何ら変わりません。時代小説であって、現代小説でもある。
直木賞にふさわしい作品でした。
3、こんな人にオススメ
・今までの人生が順風満帆ではなかった人
こういう人ほど、この小説が沁みると思います。
・千駄木付近にお住まいの方
聖地巡礼、みたいなことができると思います。今は散策スポットになっているとか。
・時代小説初心者の人
江戸の風物がわかりやすく書かれているので、すんなり入り込めると思います。
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