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『両親』と『やりたい事』
こんばんわ。
昨日事ですがnoteのスキの数が1000を突破しました!!
そして気付いたら連続で30日記事を書き続けていまして、毎日の日課となっています。
相変わらず23:00~24:00の間に書くというギリギリを責めるスタンスは変わらないのですが、継続して頑張れています。
いずれ振り返りの記事を書こうとも思っているのですがこの1ヶ月で一番の自信作は?と言われたらこの下に張る記事が一番かなと思います。
これは僕の『やりたい事』を言語化した記事でこの内容を書くまでにすごい頭を使って考えてと努力をして書いた記事なのですごい印象に残っています。
まだ、見ていない方はぜひ読んでみてください。
たくさん書くと振り返れるからいいですね。
さて、今日の内容は『両親』と『やりたい事』というタイトルで書いていきたいと思います。
これは正直僕の考えが全てだとは限りません。自分でも僕は割と良い家庭環境で育ったと自負しているのでこれを読んでも全く理解できない人もいるかもしれません。それでも今日の内容が響く方もいるかもしれないので書いていきたいと思います。
よく『やりたい事』と『就職』を天秤にかけてこれからの人生を決めるときに『両親に今まで教育費とかすごいお世話になってきたから早く就職して安定して恩返ししたい』という人が以外とたくさんいます。
この答案をする人全員にいつも思うのが『両親は子育てに莫大な費用と苦労がかかるのをわかっていて子どもを産んでいるんじゃないか』という事です。
これは僕が子どもを授かった際に産んだ後の苦労を承知の上で命を授かるだろうな、と思ったからです。
これは間違えなく僕の主観的な意見なので子育てをしたことある人が読んでくれたらぜひ意見をいただければと思います。
続けて僕が両親だったらの程で話を続けると、子供が『やりたい事』か『就職』を迷った際に自分のせいで進路が制限されてしまうのは嫌だなとも思います。
この私が両親だったらという考えをまとめると
①子育ての苦労をわかった上で子供産んでいる事
②自分のせいで進路を制限をしてしまうのは嫌だ
となります。
このことから僕は先ほどの『やりたいこと』と『就職』を天秤にかけた際に『両親の為に〜』とすごい良いこと言っている人がいますけど、それって両親を使って自分の人生の選択を肯定しているだけなんかじゃないかなと思うんです。
それってなんか、『やりたいこと』に挑戦して思うような結果を出せず両親に親孝行できていない人よりよっぽどタチ悪いことなんじゃないかなと思うんです。
僕は今年扶養をぶっちぎりました。103万円の壁は店長になったときに両親に『ごめん、超えるかもしれないけどやらせてください』と予め言いました。『その分いつか返すから』といって今に至ります。
もうすぐ今年が終わります。この時期に多いのがやっぱり扶養の問題です。103万円超えるとなんか両親に迷惑がかかるからもう働けませんが本当に多いです。
お金の問題だし、家族の問題だし僕は深くまでは口出しはできませんが扶養の問題で両親に『なんか』迷惑かかるからといった理由で働くなくなった結果、『お金がなーい』とか『これ以上働けませーん』とかなんか聞いててネガティブな発言がこの時期多くみられます。
でもそれってお金がなければ、自分でイベント開いたりとかできるし、どうしてももっと働きたければ交渉してみるのもありだし、両親のせいにして自分の現状の不満をいうのだけは違う気がします。
『両親の為』にではなく行動をみてみると全ては『自分の為』に皆行動をしているのです。
本当にその行動は『自分の意思』ですか?
誰かのせいにして『言い訳』の結果の行動ではないですか?
今日は家庭環境も入った少しシビアな内容なので本当に賛否両論あると思いますが、今日の記事を読んで共感してくれる人がいてくれたらいいなともいます。
それでは今日の内容を終わりたいと思います。
明日も1日頑張りましょう〜!
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