マガジンのカバー画像

雫水

13
運営しているクリエイター

#小説

瓶底の悪魔

 “混沌”と名の付くそれは好奇心に似た偶然によって我々の次元に存在を仮置きする。それは真理の一端でもあるし、我々が「恐怖」と呼ぶ暗闇から喚起する感情であったり、「狂気」と呼ぶ言語の構造的限界を超えた否応なしの表現でもある。
 “混沌”は私たちの目からひた隠しにされている。この世に、空間に、次元に座しているあらゆる知覚者の視界より隔離されている。それは顔に空いた穴であり、眼球のスープであり、法則の例

もっとみる

ウミネコの飛ぶ京都。

「社会人にもなって正月に遠出なんて、随分と呑気なもんだね。」
「いいじゃない。あなたと違って平日は働いてるの。贅沢に後ろめたさなんてないのよ。」
「俺が金に頓着してるように見えるか。」
「見えないようにしてるんでしょ。」
「付き合い長いだと分かるか。貧乏には思われたくないもんだけど。」
貧乏にはみえないわよ、と言おうとしたけれど水の掛け合いになりそうで止めた。
 彼は昔からの“知り合い”で、いまも

もっとみる

電脳街案内板、まだ目の覚めている君へ

僕らはいつだって、ぼんやりとした硬さの石を頭に抱えながら、忘れたふりして生きている。偏頭痛の電流が、たしかにその不安が眠っている場所を教えてくれる。

∴∴∴電脳半身浴∴∴∴

いんたーねっと中毒者の君へ

この世界は全部酸素不足で

息苦しさに終わりはない

この海へおいで

どうせなら甘い煙の中で

溶けてしまおう

 むかしむかし、街には掲示板があった。電信柱があった。高架下に落書きがあった

もっとみる

浮かれ煙

 屋上で、足を放り出し、柵に背中を預けぼうっと世の中を見た。私の生活していた大学。こうしてみると、「生活」の文字がぼうっと空中に拡散されたように感じた。まだ誰も私に気づいていない。昼休みの人混みと喧騒が何層かのレイヤー越しに柔らかく聞こえる。
 なんとなく手癖で、ポケットからタバコを出して火を付ける。肺に入る煙も少し浮かれている。

 さて、灰皿がわりに床に擦り付けてもよいか…と考えてる時に、バン

もっとみる

備忘録a、薄いピアス

 私は何者で、どこから来て、どこへゆくのか。
 待ちゆく人も同じである。どこから来て、どこへゆくのか、我々は徹底的に無知である。

 しかしながら、私達は出会う。出会うとそこには事実が生まれ、事件が起こり、その時初めて我々は感じる。

「生きているのだ、確かに、この時を。それだけは、疑いようのない…」

 今朝の夢で新たに知ったことが2つあった。唇にあけた薄いピアスに触れた時の危うい愛おしさ。そし

もっとみる

礼拝

我が主人よ
三帰三礼をもってその御名に応えます
三界への招福と光なき者共への許しを
ここに願います

我らが主人よ
固き誓いと日々の礼節をもってその祝福に応えます
御名の下にある王国に招かれることを
ここに願います

我らが主人よ
この身この心は主人の為に
心ばかりの安寧と慈悲をここに願います

空漠から迫る運命

 夢にまで見た遥かなる地平線は、漠々たる土くれとして目に映った。夢想の如く空虚な印象は、不安、興奮、安堵、そして純粋な快感がうねりを持って私の心を支配した。
 大地の底とも宇宙の果てともつかない空間のうねりから、全世界に響き渡るような低い唸り声が聞こえる。それは既存のいかなる言語発音にも類似せず、獣の咆哮とも取れないものであったが、自然のものとするには、余りにも形容しがたい気味の悪さと先天的に植え

もっとみる