備忘録a、薄いピアス

 私は何者で、どこから来て、どこへゆくのか。
 待ちゆく人も同じである。どこから来て、どこへゆくのか、我々は徹底的に無知である。

 しかしながら、私達は出会う。出会うとそこには事実が生まれ、事件が起こり、その時初めて我々は感じる。

「生きているのだ、確かに、この時を。それだけは、疑いようのない…」

 今朝の夢で新たに知ったことが2つあった。唇にあけた薄いピアスに触れた時の危うい愛おしさ。そして失血死した女の身体の冷たさであった。
 女よ。君は私を殺したいほど憎んでいたのではなかったのか。私は君を殺したくはなかった。

「どうして?どうしてそんなことするの?ねえ、どうして…」
彼女は、力なく私の腕に戻ろうとした。私はそれを許すわけにいかなかった。君と恋に落ちることは出来ない。愛があったとしても…
 君も分かっていたのではないか。私はナイフを握り、彼女の胸元にあてがい、そのまま強く抱き寄せた。厚い革のような重さ。噛み殺す悲鳴。
 殺してしまった。その意識が彼女の身体を突き放した。仰向けに倒れ、身体は助かろうと声を上げている。何かを探す目。のたうつ身体。私は、引いた場所で黙って立っていた。手は震えていた。
 二人組の男がやってきた。ここまでして、助けるのは不可能だ。せめて苦しまないようにしてやろう。私のナイフは急所をわずかに外していた。男の一人が彼女の肩を押さえ、もう一人がナイフを抜き、右にずらして刺し直した。一段と強い悲鳴とともに、堰を切ったように血が一斉に溢れ出す。服が、地べたが、赤い液体で塗られてゆく。対称的に、彼女の顔は青く、青白く、痩せたものへとなってゆく。

 その彼女の顔が、私を正気に戻した。彼女に急いで駆け寄り、その体を抱えこんだ。もう何も言わない。虚ろな目だけが私を見ていた。

 私が悪かったのか。哀れな本能に抗えず、君に口づけをした私に、罪があるのか。ならば裁いてくれ。裁きの日があるのなら、私はもう一度君に会いたい。君の暖かな身体を抱きたい。