浮かれ煙
屋上で、足を放り出し、柵に背中を預けぼうっと世の中を見た。私の生活していた大学。こうしてみると、「生活」の文字がぼうっと空中に拡散されたように感じた。まだ誰も私に気づいていない。昼休みの人混みと喧騒が何層かのレイヤー越しに柔らかく聞こえる。
なんとなく手癖で、ポケットからタバコを出して火を付ける。肺に入る煙も少し浮かれている。
さて、灰皿がわりに床に擦り付けてもよいか…と考えてる時に、バンッ!と屋上の扉が開いた。
「キミ!そのまま、動かないで!」
警備員だった。自転車誘導などばかりしている甲斐性なしのジジイが、精一杯の勇気で呼びかけた。体が震えている。こんなことは初めてだろうに。
そんな声をかけたらびっくりして落ちてしまうぞと思い、気付いた。私は自殺者と思われたのだ。思いつくと同時になんだか重心が不安定に感じた。投げ出された足は着く先がない。下から沢山の目線が注がれていた。
今度は私が震える番だ。なよなよと柵に体を預けながら、警備員さんに目をやる。彼は一歩も動いていない。何をやってる、助けるんだろ、こっちまで来い!と思えど声は出ず。浅い呼吸しかできない。
彼と不思議な時間を過ごしていると、他にも何人か職員が来てくれた。カウンセリングルームの人もいたのだろうか。いくつかの質問に首だけで答えさせてくれて、腰が抜けて動けないだけだと伝えた。自殺の意思がない確証を取った職員がようやく救い上げてくれた。
その後、こっぴどく叱られる、と思ったがそんなことはなかった。職員や救急隊員による手厚いもてなしを受け(出動費用は請求されなかった)、学内カウンセリングも通わせられ、研究室の人からは若干腫れものにされながら、気がつけば自殺未遂経験者として日常にソフトランディングしていた。そもそも自殺などするつもりはなかったんだ。ただ何となく屋上に行っただけだったが、周りが私を「自殺志願者」にしてしまった。イライラがピークに達して4本目のチェーンスモーキングに入る。底なしの灰皿だけが受け入れてくれる。
「あ、タバコ。」
そういえば、屋上のタバコはどうなったのだろう。不問だったが、もしかして下に落としてしまったか?ポイ捨てなど言語道断の淑女の喫煙者である私がなんてことを。
不安になって屋上を確認しに行ったが、「解放厳禁」の張り紙とともに丁寧に鍵がかけてあった。
下り階段で警備員と鉢合わせ面倒なことになりかけたが、もう書くまい。良い子は柵の内側で吸うように。