ルーティンが崩れるストレス。
私はルーティンが崩れることが苦手。毎日自分の中ではやることがあって(例えば日記を書く、朝は同じ朝食を食べる、夜ご飯の後に歩く、寝る前に軽い運動をする)それを続けることが日々の、何というか安定剤的なものである。
だからここに予定外のことが起きると恒常性が乱れるような感じでソワソワしてしまうのだ。ただ、だからと言ってその予定を蹴ることはないのだが、どこかでそのストレスが良くない方法で発散されたりする。
わたしは毎日ルーティンの行動ができるごとにシールを貼っている。散歩ができたらシール、運動ができたらシール、掃除ができたらシール…などのように。これは続ける上で有効な方法なのだけど、一方で柔軟性は損なわれていってしまっている気もする。
毎日できなくても良い、と言い聞かせながらもやっぱり白黒思考を持っているわたしは「絶対にシールを途切れさせない、完璧にコントロールする」という厳しいルールをいつの間にか課していたのかもしれない。
計画はルールではなく、あくまでガイドライン。本質的には幸せのためにルーティンを作って行動しているのに、自分を縛りつけるものにしてしまったら本来の目的から全く離れてしまうではないか。
内心イライラしながら人の予定に付き合うなんて、全然幸せじゃない。だからこそ、思い通りにいかなかったとき、恒常性を維持したいという思いを一旦払拭して目の前に置かれた状況の中で自分が1番心地よいと思える時間を過ごしたいと思い直した。
そして、もう1つは普段から小さな変化を日常に取り入れたいと思う。いきなり大きな崩れがあればその分ストレスだけど、例えば朝ごはんの食べる順番を変えてみたり、違う通勤経路で行ってみたり、小さな変化への耐性をつけたら大きな変化があったときにも適応できやすいと思うのだ。
長々と書いてしまったが(いつもより短いか)、ルーティン化している本来の目的を忘れずに過ごしていきたい。