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御伽草子と奈良絵本
子供のころに、「浦島太郎」や「一寸法師」などの昔話と出会った人は多いでしょう。この2つの原作は、「御伽草子」に遡ります。
「御伽草子」は、室町時代~江戸時代初期に成立した短編の物語作品のジャンルの総称。
子供でも楽しめるような平易な文章と、単純な筋書きが特徴で、400以上の作品が存在したと言われています。
続いて「奈良絵本」は、御伽草子の伝本によく見られる、彩色絵入りの写本のこと。
こうした写本が「奈良絵本」と呼ばれるようになるのは明治時代からで、奈良時代の絵本というわけでも、奈良県で作られた絵本という意味でもありません。
では、なぜ“奈良”なのか…? 実はよく分かっていないのです!
御伽草子の書かれた奈良絵本や絵巻は、美しい色で描かれてとても華やか。美術館などの展示で目玉になることもあります。今回は御伽草子と奈良絵本について、理解を深めましょう。
御伽草子のキホン
成立の背景
現在「御伽草子」と呼ばれる作品群は、室町時代~江戸時代初期にかけて多く生み出されました。ほとんどの作品が作者不明です。
それまでの時代(平安・鎌倉)には、主に学者や貴族などの識字者が物語作品を享受していましたが、歴史の舞台が京の都から地方へ移るにつれて、文学・文化も地方へ広がりました。
物語は学のある貴族階級だけではなく、子供や女性も楽しめるものになったのです。
狭義と広義
御伽草子は、「室町物語」と呼ばれることもあります。これは狭義の「御伽草子」が、別のものを指すからです。
まだ「御伽草子」がジャンル名として定着していない、江戸時代中期ごろ、「御伽文庫」という名前の短編物語作品のセットが、いくつかの本屋から出版されていました。
この中でも有名なのが、大阪の渋川清右衛門という本屋による、絵入り刊本23編の「渋川版」です。「御伽草子」は、狭義にはこの渋川版を指します。
その後「御伽草子」という語がジャンルを表す言葉として使われるようになり(後代の類書に名称あり)、明治時代以降もこれを踏襲。
こうして広義の意味での「御伽草子」は、短編物語作品全体を指すようになりました。
御伽草子の特徴
御伽草子は、文学が大衆化する中で生み出されました。それは物語に特徴として表れます。
文章が易しく分かりやすい
あらすじ・登場人物が類型化
人間の内面描写は少ない
教訓的・啓蒙的
神仏による効験を強調する作品が多い
伝本に挿絵がある
今で言うと、「全年齢対象」といったところですね。
市古貞次による分類
平安時代の王朝物語は、舞台は京都で登場人物は貴族、というのが当たり前でした。
それに比べて御伽草子は、舞台は都とは限らないし(外国もある)、庶民も動物もアリ。
だいぶ進化したと言えそうですが、それでも筋書きにはパターンが見られます。
現在一般に使われるのは、市古貞次による6分類(公家物・武家物・宗教物・庶民物・異類物・異国物)です。
奈良絵本とは
江戸時代になると、御伽草子の多くは、奈良絵本や絵巻の形で流布しました。彩色絵入りの写本・巻子本のことです。
※御伽草子の他にも、幸若舞曲の詞章や軍記物語もあります。
こうした作品は、文章だけでなく、挿絵とセットで享受されたということが分かります。
奈良絵本の作者(誰が字や絵を書いたのか)や製作年は分からないことがほとんどですが、落款や筆跡鑑定から、本文を担当した人・絵師が誰か分かることがあります。
それによって奈良絵本は、室町時代後期から江戸時代中期にかけて作られたということが分かっています。
サイズで分かる製作時期
他にも、伝本の装丁やサイズで製作時期を予測することが可能です。
【素朴】室町後期(黎明期)
戦国時代真っただ中の黎明期には、絵巻物の形の作品が多く、絵の部分と本文とがキッチリ分断されていないことがあります。
絵も”イラスト”感があり、素朴です。
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【縦大型】江戸初期
江戸初期にかけて作られた本には、縦長のかなり大きい本(縦30 cm)くらい)があります。
紙は上質な斐紙が使われ、絵も、金箔が使われたり、着物の模様が細かかったりと洗練された印象です。
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【横長】江戸前期
寛永頃(1624)は、横長の本(横24 cmくらい)が出てきます。
上質な紙で作られる高級品もありますが、屏風やふすま用の、泥や石の粉を混ぜた間似合紙で作られるものも増えます。
本文(詞書)と挿絵を書く人とで、分業制が採られました。
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御伽草子が刊本で出るのもこの頃です。
印刷された本に赤、緑、黄色などの色を後から筆で塗って仕上げた本は「丹緑本」と呼ばれます。
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寛文年間(1661~)になると、絵本絵巻の技術は最盛し、出来も豪華なものになります。大名や富裕層向けの贅沢品として、金泥や銀泥の絵具も使った、豪華なものが多く残っています。
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江戸中期(1700年に差し掛かる頃)になると、ブームが去ったのか、奈良絵本は作られなくなります。
今回は御伽草子という作品群と、奈良絵本という絵入り写本についてまとめました。
文学と本の形には、深い関係があるんですね。
参考文献
■ 伊藤慎吾『お伽草子超入門』勉誠出版, 2020.
■ 石川透『奈良絵本・絵巻の生成』三弥井書店, 2003.(初出:2000)
■ 徳田和夫編『お伽草子事典』東京堂出版, 2002.
■ 国立国会図書館「国立国会図書館60周年記念貴重書展」 奈良絵本・丹緑本