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My Comic of the Year 2023

 2023年に読んだ漫画作品の個人的なベスト企画です。「連載が終了した作品」であるとか、「巻数が10巻以内」みたいな明確な基準は特に設けて無くて、今年私が読んだ中で特に「最高~」「大好き!」「尊い……」と強く心を動かされた作品を中心に選んでます

『東京ヒゴロ』松本大洋

 漫画を愛し、自身の漫画雑誌を大手出版社で手がけてきた塩澤だったが、あまりにもコアな内容だったため、雑誌は売れず廃刊となってしまう。責任を取るかたちで出版社を辞職した塩澤は、それでももう一度自身が信じる漫画家たちと、新しい漫画雑誌を創るため奔走するのだった。
 沁みたあ、染み入ったよ……。
 ”旬を過ぎた”とされる漫画家、才能があったにも関わらず描くことをやめてしまった漫画家、これから才能を開花させようとしている漫画家。そして彼らを支え、共に漫画を作っている編集者たち。本当にいい漫画とは、雑誌とは。塩澤の誠実すぎるほど誠実な人柄はこの漫画自体の「色」になっており、静かに、深く、熱い想いとして、私たち読者の心に染み込んできます。クリエイターは勿論のこと、何らかのかたちでもの作りに関わった経験がある人、あるいは「創作」することの苦労を知る人なら、きっとポロポロ涙が止まらなくなるような胸を打つ物語。そしてこれは創作する人への祝福としての物語でもあるのでしょう。
 全3巻で綺麗に完結しており、本当にすばらしい作品でした。今年のベスト漫画はこれに決定。松本大洋の作品群の中でも1番か2番目に好き。

『ダンジョン飯』九井諒子

 ここ10年間ずーーっと楽しませてもらった作品。自分が漫画を好きになった幼いときの気持ちを思い出させてくれるような、「絵」としての面白さがページごと、コマごとに溢れており、魔法やモンスターといったファンタジックな要素がどこまでも魅力的に描かれています。絵良し、キャラクター良し、ストーリー良し、オリジナリティあり、ユーモアあり、ギャグも面白いと、えっ、こんなに気持ちよくワクワクさせてくれるの!?ありがとう〜!!って満たされた気持ちになりながら読みました。
 ダンジョンの中にいるモンスターをいかに倒し、いかに調理し、いかに食すか。ただそれだけの思い付きで始まったようなお話ですが、最終的に「食べることの意味」や「生きる」ことのすばらしさを謳った傑作です。それは作品内で登場するモンスターの生物的な性質をしっかり説明することで独自のリアリティを与えていることや、シリアスに振りすぎることなく常にユーモアを忘れない作者のセンス、そういった丁寧でサービス精神のある作品作りをしてきたからこそたどり着く、説得力を持った結末なのでしょう。九井諒子先生お疲れ様でした。
 あー、ローストレッドドラゴン食べたい。
 そういえばぜんぜん関係ないけど、むかし『虐殺器官』と宅麺.comがコラボした商品「暴食の文法」ってラーメンを食べたことあるんだけど、味はともかくああいうの好きだからこの漫画でも似たようなことやんないかな。

『これ描いて死ね。』とよ田みのる

 漫画との出会い、漫画を好きだという気持ち、描く側が読者を救い、読者が描く側を救っている。そんな美しい情景をつつましく、コミカルな筆致で、エモーショナルに描いた作品です。とよ田先生はストーリーテリングが上手いなあ。泣いちゃうってこれは。あと台詞廻しも上手いから印象的なエピソードやコマが多数ある。
 例えば3巻にはSNSに漫画を掲載してみたらすごくバズって大喜びする話があるのだけど、バズること自体が目的となる危うさとかも描かれていて、そういう生徒たちを見守る先生の姿とか、自分たちで試行錯誤しながら理想の漫画を描く姿とか、なんていうか全部胸に来る。先生が「へぐっ」ってなる気持ちわかるわー。読んでて私も「へぐっ」ってなるもん。
 あと読み専の赤福がちゃんと仲間として4人の中に加わってるのもすごく良い。メタ視点になるけど、漫画を読んでくれる人を大事にしている作者の優しい部分が伝わってくる。この漫画の良いところは、「才能のある人」の漫画でも、「必死に努力する人」の漫画でもなく、純粋に「漫画が好きな人たち」のお話ってところなんだよ。だからただの読者である私でも読んでて幸せな気持ちになるんだと思う。
 ってわけで(ってわけで?)赤福とヒカルが仲良しなの最高です。
赤福「すげえー 安心する言葉だなーッ!!」「だからみんな俺のこと大好きなんだなー。」

『圕の大魔術師』泉光

 本と魔法のファンタジー漫画。一言で言えばその通りなのだけど、この作品はその様な枠組みの遥か先を目指して物語を紡いでいる。おそらく本作はエンターテインメイトであると同時に、広い射程で「議論」を誘発することを目指しているのだろう。
 それは主人公に降りかかる受難として、わたしたちが住むこの現実世界と同じ「差別」や「排斥」の問題が、民族間やキャラクターレベルでデフォルメして再現されている点からも明らかだ。理性的な登場人物が多いので、ある説に対して、また別の説を必ず置くことを常に意識しており、そうすることでフラットな視線で世界を概観させようとする試みを感じる。
 とはいえ、そこに説教臭さはない。読んだ人それぞれが自分と似た、あるいは身近にいる誰かを登場人物たちに見出し、「じゃあどうすればいいのかな?」そんな風に優しく考える機会を与えてくれる、そんな漫画です。
 SNSやってなければ知らないままだったろうし、教えてくださった方ありがとう。

『スキップとローファー』高松美咲

 アニメも良かったけど、原作も良い!
 特に今年出た8巻は本当に心に残る巻で、みつみが志摩にかけた言葉にはこの作品の芯にあるメッセージが込められており、なぜ自分がこの作品のことが好きなのかをしみじみ感じました。うう、わしゃあもう心を鷲掴みにされたよ……。誰かを好きになる気持ちそれ自体はとてもシンプルで純粋なもののはずなのに、兎角しがらみが多い世の中では、それが曲がりくねったものになってしまう。あのシーンの、あの台詞には、誰かを好きになる「一番最初にある気持ち」が表現されていたと思います。それだけで私の中で今年のベスト入りは確定していた。

『秒速5000km』マヌエレ・フィオール

 ある男女の20年を詩情豊かに描いたイタリア発のグラフィック・ノベル。水彩画のように色鮮やかな絵と、地に足の着いたストーリーテリング。章を経るごとに時間も場所も移ろい、断片的に状況を見せることで読者にその"空白"を埋めさせる。それは人生のままならなさと、時間の残酷さ、出会いそのもののかけがえのなさを意味しているのだろう。時に情熱的に、時に淡く儚いものとして、3人の「距離」を描いた物語。いい作品です。
 個人的にはもっとみんな素直になれよーと思ったりもしたけど、国や文化が違えば恋愛の描き方も変わってくるんだろうなあと、そんなことを考える。

 以上、漫画6選でした。
 いやー、漫画はいいね。漫画は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。今年はコロナに罹って『宗像教授異考録』のラクガキを見つけたり、サカバンバスピスの絵を描いてみたり、ちょこちょこお絵描きする機会がありました。学校の授業中だとノートや教科書によくラクガキしてましたが、大人になるとやらなくなるのは何でなんでしょうね。
 あと、今年のコミック原作映画作品と言えば『シン・仮面ライダー』があったなあ。なんでしょうあの映画は。いまだに劇場で観たものの説明がうまく出来ない。とてつもなく下手っぴな映画だった気がするけれど、同時にどこまでも愚直であり、映画としてあるべきものを見せてもらえた気もしてる。『シン・仮面ライダー』は紛れもないボンクラ映画で、監督の持つ理想をどこまでも愚直にやろうとしており、それが人によっては「醜く」見えてしまうこともあれば、「美しく」見える人もいて、だからあんなに評価が二分されたんだろうなあ、という気がしてる。
 ……なんか話の落としどころが見えなくなりましたが、来年も良い漫画に出会えますように(なんだそりゃ)。

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