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池上英洋「ルネサンス 歴史と芸術の物語」光文社新書

 タイトルと、イタリア美術史を専門とする著者の名前を見た時、個人的にはルネサンス期に登場した芸術家・作品について触れた解説書だと思い、実際にその要素もあります。
 しかしそういった文化の背景には、様々な政治・経済上の大きな「事件」が存在します。十字軍遠征に端を発するアラビア文化との交流、十字軍の目的が形骸化していくなかでその遠征に乗じた商人たちの経済的成功、疑似共和制としての自治都市「コムーネ」の形成。ローマ護民官だったコーラによる古代共和制回帰、古代ギリシャ・ローマ文化の「復興」、それに少なからず影響を受けた芸術の隆盛。しかし大航海時代・宗教改革がもたらしたルネサンスの衰退・終焉…。

 上述したのはトピックのほんの一部、またはダイジェストですが、そうした歴史的な出来事と芸術を結びつけ、より有機的に芸術を、あるいは歴史を解説しているのが本書と言えます。

 個人的には芸術と教皇権力との力関係という点に興味感心を持ちました。個人的には一時期、解剖学と教皇権力の力関係に興味を持っていた時期もあるので、その関連で捉えているかもしれません。
 ご存知の通り教皇権力はの影響は大きかったところを、次第にその力を失っていくのですが、それに呼応するかのようにしてキリスト教芸術も徐々に変貌を遂げていきます。中世においての芸術は信仰のために用いられるイコンであったり、あるいはキリスト教の「絵解き」であったりしたわけで、そこに特別な「個性」というものは不要でした。しかしルネサンス期に入ると表現はより写実的、個性的なものへと変化し、その流れの中で作品への「署名」が行われるようになる…と、結びついていくところは面白いです。
 リクエストされる宗教芸術も、教皇権力よりより商人のニーズに沿ったテーマ・表現へと変貌していきます。絶対王権・貴族権力の庇護下にあった近世(16〜18世紀のバロック、ロココ時代)の芸術はさらに宗教性を忘れ、より耽美的、インパクト重視になっている印象があったんですが、ルネサンスも同様に、「パトロン」の目線を考慮して良さそうというのは一つ学びでした(そもそもこれを読む以前は、ルネサンス期の「パトロン」をそれまで意識してなかったので…)。

 ルネサンスの文化のバックグラウンドにあるのは商人たちの経済力、そしてそれによって獲得した政治力にもあります。経済が今では当たり前となっている政治制度に影響を与えているケースもあり、詳しくは触れませんが、政治的視点で掘り下げてみると興味深そうなテーマについても言及があります(現在では当たり前になっている政治制度について)。単に芸術史・芸術学の範疇にとどまらず、経済学・政治学の視点でも読み進められそうです。

 それ以外にも読み方はきっと様々で、ルネサンスについてより詳しく、有機的に知りたい人にとってももちろん、世界史を受験する中学・高校生の息抜きとしてもおすすめできるかもしれません。また、本書のような著書を通じてルネサンス期のイタリア史を学ぶことは、現在でも時折言及される「アートと経済」について考えるためのヒントになってくれるかもしれません。


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かろ(ペーパー学芸員)
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