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#生きる
生きることはフロンティア
20201107
妻は一度も就職したことがない。
多少のバイトと、鍼灸の師についていたことはあるが、企業で勤めたという経験がない。
そんな彼女の、企業で勤めたことがない経験なり実感は、とても尊いものなのかもしれない、とふと思う。
このところバリバリ働く女性陣とコミュニケーションをする機会が増えて、よりそんな気がする。
妻と一緒に本格的に仕事をするようになった期間は1
娘は命のままに生きてる
20201010
ひさびさにういが熱をだした。
それで今日一日予定していたことをキャンセルして、看病している。
といっても、ういは全く元気なので特別なことはしていない。遊びの誘いにつきあいながら、どうにか昼寝をしてくれないものかと画策している。
居間にふとんを広げて、ゴロゴロしながら遊ぶ。そうしていると、娘もゴロゴロしはじめる。よしきたと寝る流れにもっていこ
ありがとうと余計なお世話
20200913
子どもは親をえらんで生まれてくる。
そのてのことばの並びが僕は苦手です。食べようと口にしてもはきだしてしまう感じがある。
生んだ者たちと生みおとされた者。
親と子の関係っていうのはそれ以上でも以下でもない。
親と子ほどに、ドラマティックで、感動的に、暴力にみちた間柄を、僕は知らない。そこに甘美な夢はない。
自分のあずかり知らないところ
堂々と生きるあつまり
20200729
妻とおなじく、僕の実家も不仲。
というと、「夫婦なんてそんなもの、大げさ」みたいなリアクションあったりする。
わかりやすい暴力にはさらされていない。
だれがどう考えようと好きに、自由。
ただ、すくなくとも僕は、そういう“普通・当たり前の暴力”には屈したくない。
両親はしょっちゅう、どなりあっていた。
母親がキレる。我慢の限界に達すると父親がキレる。それ
対等 (手塚治虫『ブッダ』)
20200521
コロナで家の中にこもっている間、手塚治虫『ブッダ』を読んでいた。
妻は大学3年生の就活のころ、思い悩んでいて、その時に『ブッダ』を読んだらしい。
そして、畜生界に堕ちたナラダッタの真似をして4足歩行をしている時に、「私は就活しない!鍼灸師になる!」と決めたらしい。
「俺は妻に絶対服従だから」とよく言っている人がいた。なぜか誇らしげにそう言って
ださかっこわるいこと
20200520
会社をやめた僕の仕事の一つは、妻の経営する鍼灸院のマネジメント(自称マジビト:仕事としてでなく、本気(マジ)をうけとめる人ってことで)。
それで、上のようなことになった。
それに対して、妻のツイート↓↓↓
ただしいこと おもしろいこと せきららであること ふかくみつめること
20200520
今日ふと書きたくなった文章があった。
ざっと書いてすぐに妻にみてもらった。
僕「どう?」
妻「大事なこと書いてあると思う」
僕「おもしろい?」
妻「おもしろいかっていうと、正しいかな」
僕「ああ、それは何かちがうね、うん」
先日妻が書いた文章を読んで感想をきいてもらった。
僕「恥ずかしい感じだね」
妻「曝けだしたつもりではいるよ」
僕「
いちばんのりかいしゃ (坂口恭平『躁鬱大学』)
20200519
坂口恭平さんの『躁鬱大学』最終回を読む。
自分のこと、妻のこと、が書いてある、と焦る笑
僕にとっては妻が理解者/編集者で、妻にとっては僕なんだと、勝手に思う。
夫婦で、お互いを編集しあう関係って、前例があるのかな。
基本的にはスーパー風通しのいい間柄だけど、距離が常に近すぎる分、淀んでしまった時に困ってしまうから、知りたい。
躁状