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お札の切り替えってやっぱり時代の切り替わりなのかな

もうすぐ、新しいお札になりますね。7月3日、水曜日。
#お金について考える

お札の切り替え=改刷は、大体20年に一度で、偽造防止のために変わるってことなんですけど、20年に一回になったのは、1984年からで、今回3回目。

イメージ的にお金の切り替え=時代の切り替わりなのかなと思ったのだけど、歴史を見ていたら、全国通用のお金ができたのは1868年。
明治政府の誕生まで、統一通貨はなかったんですね。

近代は今より変化が激しいから、お金もたくさん種類があるのを見ると、
現代と言えるのは、1984年からなんじゃないか?と思ったりしました。私たちの当たり前なんて、本当に短い期間にだけ当てはまる当たり前なのですね。昭和・平成のあのなんとも言えない閉塞感ってなんだったんだろう。


新一万円札の顔となる渋沢栄一さん。
農家に生まれて武士になって、明治政府高官になって、銀行をはじめ500以上の企業を起こす・・・てすごいサクセスストーリー・・・
って思ってたのですが。

文久3(1863)年、幕府の階級制度や一連の外交施策に不満を募らせた栄一らは尊王攘夷思想の影響を受け、高崎城乗っ取り・横浜外国人商館焼き討ちを企てます(計画は直前で断念)。幕府からの追手を避けるために故郷を出た栄一は、かねてから知遇を得ていた家臣の勧めにより一橋家に仕える機会に恵まれ、財政の改善などに手腕を発揮し、次第にその力を認められていきました。やがて、徳川慶喜の弟・昭武の欧州視察の随行員に抜擢されて渡欧すると、先進的な技術や産業を見聞し、近代的な社会制度を知った事が、その後の栄一の人生に大きな影響を与えました。

https://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/shokai.html
太字は私が「え!」てなったところ。
幕府に反旗を掲げた人が慶喜に仕えるって・・・歴史って不思議

上にリンクした深谷市の渋沢栄一紹介ページの年表を見てると、忙しすぎて。こういうタフな人がフィクサーだったりしたんでしょうね。
年表を見ているだけで、人間関係の複雑さと、その調整能力、信頼の高さが伝わってきちゃうのは、出てくる名前が大手ばっかりだし、日本の歴史の局面局面につながっているから。どれだけ狭い世界で政治も経済も回っていたのだろう。明治の政界・経済界の圧倒的な権威性を感じます。

でも、渋沢さんはそれをよしとはしなかったんでしょうね。
「公益性と収益性」を両立していく人生を貫いたのは、幕末から明治の大変動を生き抜いたからなのかな。

なんで私が高校生の頃に、渋沢栄一についての授業がほとんどなかったんだろう?背景が気になってしまいます。明治維新までは習った記憶があるけど、今思えば、江戸時代側ばっかり濃い内容だったなぁ。

政経の授業って何やってたんだろう?結構好きだったんだけど記憶にない・・・NHKの高校講座で勉強しようかな。基礎教養がいつでも誰でも勉強できるのはありがたいですね。


「三井住友銀行の脱年功」のニュースがあったり、本格的に時代が変わるのだなという、今まで水面下にあったものが出てくるような流れに、ついに人事も!とちょっと感動しました。

今までの当たり前が当たり前ではなくなる。

セオリーはセオリーでなくなる。

どんな時代になるのか。
どんな時代を創るのか。

個人にチカラが戻ってくる時代になると私は思っています。

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