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窓越しの時間【夢の話、または短編小説の種 #21/一二〇〇文字の短編小説 #22】

このごろシルヴィアは同じ夢を見る。どこかを歩いている途中に、ハイヒールが折れてしまう。

突然高さを失うのは、決まって左足だ。セントパンクラス駅の構内で、ケンジントン・ガーデンズの池のほとりで、ロンドン塔の階段で、故郷バンゴールのささやかな通りで、旅先で訪れているだろうチェコのカレル橋の上で、とにかく色々な場所で小さいけれども硬い音を立てて、左足が出し抜けにぐらつく。バランスを崩す感覚はとにかく生々しい。今日の舞台はシティにあるロンバード・ストリートだった。

シルヴィアはたいてい、ぶざまに転ぶ寸前に夢だと気づく。わずかな支えを失ったハイヒールはいつかの誕生日に自分へのプレゼントとして買ったもので、血のように真っ赤な色が目を引く。シルヴィアは目を閉じたまま、無防備になった足元に太陽の光が反射しているのをぼんやりと見ている。

「また同じ夢だわ」と思い、しばらくしてベッドから起き上がる。背中まで伸びた髪を軽く整えて真っ暗な部屋に立ち、左足で床をしっかりと踏み締めてから電気をつける。壁掛け時計はほとんどいつも二時ごろを指していて、二部屋あるフラットはしんと静まっている。ずいぶんと長い間、恋人はいない。当然、子どももいない。大学を卒業して就職した証券会社での仕事にずっと力を注いできた。

ハイヒールが折れる夢の意味を考えたり、比喩を読み取ったりはしない。別に不吉な感覚はないし、むしろ未練なく折れるヒールに潔さを感じる夜更けもある。本当のところハイヒールはあまり好きじゃない。足が窮屈だし、決して歩きやすいとは言えない。休日はだいたいアディダスのスニーカーを履いて過ごす。

夢から覚めたあとはいつも、どういうわけかリアム・ギャラガーの「More Power」を聴きたくなる。『C'MON YOU KNOW』というアルバムの一曲目だ。スマートフォンの音楽アプリのアイコンをタップし、この曲を控えめな音で部屋に流す。それから、「この時間帯の世界はどうなっているのかしら」といつも思い、ベッドルームのカーテンを開ける。真っ暗な日もあれば、通りを挟んでいくつかの部屋に薄明かりがついている日もある。

窓越しの夜を眺めていると、いつの間にか目の焦点は窓に映る自分の顔に合ってくる。シルヴィアはこの瞬間がたまらなく好きだ。自分ではない誰かと見つめ合っている気がして、割と長いあいだ、そのままでいる。「More Power」はいつの間にか終わっていて、「Diamond in the Dark」や「Don't Go Halfway」をぼんやりと聞いたまま、窓越しの時間を楽しむ。

アルバムが「I'm Free」や「Better Days」を流し始めるころ、実際は挫いたかもしれない足元が気になって、ペディキュアを塗り始める。デザインはいつも決まっている。あのハイヒールみたいに血のような赤を塗って、それからシルバーのラメでグラデーションをつくる。そしてまた窓越しに立ち、視点が窓に映る自分に合うのを待つ。

以前、投稿した「名前を先に──短編小説を書く際の新たな試み」を思い出して書き上げた作品です。

あとがき

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