【はがきサイズの短編】ワンモア! テーマ:スモア
「やばーい、本当にある!」
「大川さん、何持ってきた?あたし、みかん。」
「ロールパン!柳瀬さんと藤代さんの分も、どっさり!あら、藤代さんは?」
藤代、と呼ばれた長老は細い目を静かに光らせ、花柄の巾着を取り出し広げた。
大川と柳瀬は、大声を上げた。
「マシュマロ!!」
おしゃれー!藤代さん、うちの孫みたい!と、プレハブ小屋に笑い声が響き渡った。
それは丘を越え、雑木林を越え、キャンプ場と、ばら園とアスレチックゾーンを越えた、「総合公園本部事務所」まで届いた。
若い男性職員は、パソコンの手を止め先輩社員に聞いた。
「なんですか、あれは……。」
「掃除のお姉様方だあよ。休憩所に石油ストーブが来たんで、盛り上がっているんだろ。ちょうど、午後勤のおやつどきさね。」
聞いた職員は、石油ストーブ、と苦々しく口の中で呟いた。
そのとき、彫りが深く四角い顔の主任が立ち上がった。
若い男性職員を呼ぶ。
「仁科!掃除のオバチャンたちに、契約更新アンケートを持っていってくれ。三人分だ。」
「承知しました……。あの、どうして僕に。」
「今日、報告書ミスったろ。頭冷やしてこい。」
事務所を放り出された仁科は、白いため息をついた。
「あ〜、だめだなあ。」
一方、主任はデスクに置いてある手鏡を覗き込んだ。
「今の顔、怖くなかったかな?」
仁科はかじかんだ手をさすりながら、さざなみのような笑い声をたどった。
どこまでも続くような老梅の小道を、てくてくと歩いていくと、青いプレハブ小屋に行き着いた。
中から、弾けるような声がする。
仁科は深呼吸して、ノックのあと扉を開けた。
そのとき、ひゃあっと小さな悲鳴が上がった。
「失礼しま……わわっ!」
小さく白い塊が仁科の口に飛び込んできた。歯にじわり、と柔らかい感触がした。
甘い?
とろけた甘味をごく、と飲み込むと、仁科は三人のお姉様に囲まれていたことに気がついた。
全員、口を揃えて言った。
「ナイスキャッチ。」
それから、仁科は「お茶会」に引っ張られ、いつの間にか手にほうじ茶を持ち、座布団が敷かれたパイプ椅子に座っていた。
なぜ、こんなことに!?
「新入社員さんとは、知らなかったわあ。モアイが来たと思って、マシュマロ吹っ飛ばしちまった。すまんねえ。」
大きな口でよく喋るのは、最年少の大川さんというらしい。
「あの、モアイって……。」
「あんたのとこの主任よ。わたしたち、彼が夜泣きしていたときから知っているの。顔は怖いけれど、気が優しい子なのよ。」
一番背の高い、おっとりした口調の柳瀬さんは、ころころと笑った。
仁科はモアイ像と主任の顔を交互に想像した。
「それはそうと、あんた、疲れた顔してんなあ。」
この部署で一番の長老、藤代さんは何もかも見透かすような瞳で仁科に問うた。
「い、いえ、特に何にも……。」
視線をずらした先に、赤い火がぼうぼうと燃える石油ストーブがあった。
「今日やっと、石油ストーブが来たんだよ。」
大川さんは焼けたみかんを口に放り込んだ。
「休憩所、ずうっと寒かったから。職員さんが注文してくれたんでしょう?ありがとうね。」
柳瀬さんは湯気が立つロールパンをぱくついた。
仁科はたまらなくなって、早口で白状した。
「僕、電気ストーブと間違って、石油ストーブを発注しちゃったんです」
「……はあ?」
「昔っからそそっかしくて。この職場ではがんばろうと思って、でもついに失敗してしまったんです。
それからはミスばかりで。今日も報告書の項目、間違えて提出しちゃったし。」
藤代さんはごうごうとマシュマロを炙りながら、静かに呟いた。
「そろそろいいだろ。食いな。」
藤代さんは、器用に串からマシュマロをつまみ、チョコレートとビスケットを挟んだ。
「自信持て。」
そう言って、仁科に渡した。
柳瀬さんは笑った。
「そうよ。あたしたちにとってみれば、電気より石油の方がいいわよね。」
大川さんは得意げに言った。
「失敗と思っても、巡り巡ってだれかのためになることもあるのよね。
あ、これね、スモアっていうのよ!キャンプスイーツなの。」
「あんた、わしがさっき言ったことを真似して。」
藤代さんのツッコミで、仁科もはじめて笑った。一口で、スモアを頬張る。
甘くて熱いマシュマロと、とろけるチョコレート、塩気のきいたビスケット。優しい香りが鼻を抜けていった。ほうじ茶を一口、お腹が温かくなる。
「美味しい……。ありがとう、ございます。」
仁科がお礼を言うと、三人は微笑んで頷いた。
「あ、すみません。そろそろ僕、戻らなきゃ。そういえば、モアイ……主任から、契約更新アンケートを預かってきたんです。」
渡した書類を、めいめい神妙な顔をして覗き込んだ。
仁科は少し不安になって聞いた。
「あの、みなさんは来年度も更新されますか?」
すると、三人は顔を上げて言った。
「ああ!その話か!文字がちっちゃいんで、なんのことかと思ったわ!」
「契約更新?そりゃするわよお。」
「宝くじでも当たったら、わかんねえけどな!」
いいわねえ、10億あったら何する?と話しながら片付け始めた三人に仁科は頭を下げた。
開けた老梅の小道を、ずんずんと歩いていった。
藤代さんの言葉を思い出す。
自信持て。
野原に佇む、眩しいほど青いプレハブ小屋を丘の上から振り返った。
さ、仕事に戻ろうっと。
Fin
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こんにちは!高原梢です。
今回はnoterさんからお題をいただきました!ありがとうございます🥰
テーマは、「スモア」です!
焼いたマシュマロと、チョコレートをクラッカーで挟んだお菓子です。
よくキャンプで食べられるみたい!
思わずもう一つ食べたくなっちゃうことから、「ワンスモア」で、「スモア」というそうです。
冬にぴったりのスイーツですね!
ちなみにめっちゃおいしいです。
しかし作中でもキャンプしなかったな、インドアなわたし……。笑
⭐︎
noterさん、普段キャンプしますか?
わたしは、思い出そうとすると遠い昔まで遡ります。
焚き火でマシュマロを炙ったことがありまして。
なかなか焦げ目がつかないな〜と思ってぼけっとしていたら、マシュマロが真っ黒に!
……という苦い思い出です。
(苦い?焦げているだけに…あらあらっ)
作中のように、石油ストーブで炙るとどうなるんでしょう?
なんとなく、焦げ目はつきにくい予想を立ててみます。
⭐︎
今回、久しぶり?にお題をいただけて嬉しかったし、書いていて楽しかったです。
書くことは最高に幸せだなあ〜。
このお話しでだれかが楽しんでくれたらもっと嬉しいです。
noterさん、本当にいつもありがとうございます。
いいことがありますように!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
素敵な画像をお借りしました。
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