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「歴史」を歌う漢詩3選


「蘇臺覧古」

唐・李白「蘇臺覧古」蘇台覧古そだいらんこ) 

舊苑荒臺楊柳新  旧苑 荒台 楊柳 新たなり
菱歌清唱不勝春  菱歌りょうか 清唱 春にえず
唯今惟有西江月  だ今 惟だ 西江の月のみ有りて
曾照呉王宮裏人  かつて照らす 呉王 宮裏きゅうりの人

古びた庭園と荒れた高台に、柳だけは今年も新しい芽を吹いている。
菱の実を採る乙女たちの澄んだ歌声を聞くと、春の感傷がこみ上げてくる。
もう今はただ西江の上に昇る月だけが往時を偲ばせている。
かつてあの同じ月が、呉王の宮殿にいた美女(西施)を照らしていたのだ。

✍️
唐・李白の「蘇臺覧古」は、呉の姑蘇山の宮殿跡を訪れた際の感慨を詠じた七言絶句です。春秋時代、呉と越は「臥薪嘗胆」の故事成語に見るように、たえず激しい戦闘を繰り返していました。最後に越王勾践こうせんが呉王夫差ふさを破る際、越の武将の范蠡はんれいが夫差に美女を差し出して惑わせ戦意を失わせるという策略を献じました。そこで勾践が夫差に絶世の美女西施せいしを献上すると、范蠡の思惑通り夫差はその美しさの虜となって日夜遊興に耽り国政を疎かにした結果、ついに呉は滅亡に至ります。こうして、西施は「傾国の美女」として知られるようになります。

西施


「題烏江亭」

唐・杜牧「題烏江亭」烏江亭うこうていに題す)

勝敗兵家事不期  勝敗は 兵家へいかも事せず
包羞忍恥是男兒  
恥を包みはじを忍ぶは 是れ男児
江東子弟多才俊  
江東の子弟 才俊さいしゅん多し
巻土重來未可知  
土を巻きかさねて来たらば 未だ知るべからず

戦の勝敗は、兵法家でも予測し難い。
恥を耐え忍んでこそ、真の男児というものだ。
江東の若者には、優れた人材が多い。
もし、土を巻く勢いで再び立ち上がって戦っていたら、勝敗はどうなったかわからない。

✍️
杜牧とぼくは晩唐を代表する詩人です。「題烏江亭」は楚漢興亡の歴史を題材とした七言絶句です。劉邦との天下争いに敗れた項羽は、四面楚歌の窮地に陥ります。追撃に応戦しながら烏江の渡し場まで馳せ至ると、亭長が船を用意して待ち構え長江を渡って逃げるよう勧めますが、項羽はそれを潔しとせず肉薄戦の末に自ら首を刎ねます。これが『史記』「項羽本紀」に記されている内容ですが、杜牧の詩は史実とは裏返しの状況を仮定して、もし項羽が恥を忍んで長江を渡り態勢を立て直して劉邦と戦ったならば、天下はどちらに転んだかわからない、「捲土重来」もありえたのに、と歌っています。読み手に壮大な空想の余地を与え、雄大な歴史浪漫を感じさせます。

項羽


「過華清宮」

唐・杜牧「過華清宮」華清宮かせいきゅうよぎる)

長安廻望繍成堆  長安より廻望かいぼうすれば しゅう たいを成す
山頂千門次第開  山頂の千門  次第に開く
一騎紅塵妃子笑  一騎の紅塵こうじん 妃子ひし笑う
無人知是荔枝来  人の是れ荔枝れいしの来たるを知る無し

長安から頭を廻らし眺めると、驪山りざんは錦を重ねた山のようだ。
その山頂へと続く幾重もの宮殿の門が、次々と開かれていく。
一騎の早馬が土埃を巻き上げて奔り来ると、楊貴妃がにこりと笑う。
誰が知ろうか、遠路はるばる荔枝(ライチ)が届いたからだとは。

✍️
杜牧は歴史を題材とした詩を多く残しています。「過華清宮」は、楊貴妃が玄宗に見初められた温泉のある離宮を舞台にした七言絶句です。華清宮は長安の東の驪山にあり、白居易の「長恨歌」では、楊貴妃が湯浴みをし初めて玄宗のお伽をした場所として歌われています。そこに砂塵を巻き上げながら急使の早馬が到着し、珍味の荔枝を楊貴妃に届けます。荔枝は南方の嶺南に産するものが美味とされ、都長安まで新鮮なものを届けるために何千キロもの道のりを早馬で運びました。天子の寵愛を受けている楊貴妃の贅沢な振る舞いを世の人々は知る由もないと歌っています。楊貴妃が荔枝を好んだという史実を材料にして、楊氏一族が国を滅ぼしかけたことを諷刺しています。



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