
【チャイニーズファンタジー】中国の怖くない怪異小説 第2話「仙女の里」
仙女の里
劉晨(りゅうしん)と阮肇(げんちょう)という二人の男がいました。
ある日、二人でいっしょに薬草を採りに天台山(てんだいさん)へ入り、道に迷ってしまいました。
十数日を経て、持っていた食べ物もすっかりなくなり、「もうだめだ」とあきらめかけた時、ふと山頂に桃の木があるのを見つけました。
二人は力をふりしぼって、切り立つ山肌をよじ登っていきました。つるをつかみながらようやく山頂にたどり着き、桃の実を食べて元気を取りもどしました。
ひと休みして山を下り、川の水で口をすすいでいると、川上からおわんが流れてきました。見ると、ごま入りのご飯が盛られています。
「これは人里が近いにちがいないぞ」
二人はよろこびいさんで川に飛び込みました。
川の中を二里ばかり上流に向かって進むと、大きな渓谷に出ました。
谷川のほとりには、二人の女性がいました。二人とも輝くばかりの美しさです。男たちが手にしているおわんを見て、笑いながら言いました。
「劉さん、阮さん、そのおわん、さっきわたしたちがうっかり流してしまったの」
見知らぬ女性から苗字を呼ばれて、劉晨と阮肇は、きょとんと二人で顔を見合わせました。
「ずいぶんおそかったですわね」
と、男たちがやってくるのを知っていたかのよう。
美女たちの家へ連れていかれると、その家には銅の瓦が敷かれ、部屋の南と東に大きなベッドが置かれています。周りには赤い薄絹の帳(とばり)が垂れ、金銀の飾りが施されています。
二人の美女が、召使いの女たちに向かって言いました。
「劉さん阮さんは、険しい山道を越えていらっしゃいました。桃の実を召し上がりましたけど、まだお腹が空いていらっしゃいますわ。早くお食事の仕度をなさい」
こうして、おいしいご馳走を食べ、お酒を飲んでいるうちに、おおぜいの若い女たちが桃の実を抱えてやってきました。二人の美女に向かって、
「お婿さんのご到着、おめでとうございます」
と、口々にお祝いの言葉をのべました。
酒たけなわになると、音楽の演奏がはじまりました。
劉晨と阮肇は、うれしいやら、こわいやら。わけがわからぬうちに一夜が明けました。
二人はそのまま半年の歳月を過ごしました。
花々が咲き乱れ、百鳥がさえずる常春の楽園にいると、かえって故郷が恋しくなり、劉晨と阮肇は、どうしても帰りたいと言い出しました。
「これも定めですから、いたしかたないですわね」
そう言って、二人の美女は帰り道を教え、宴会を催し音楽を奏でて、劉晨と阮肇を見送りました。
劉晨と阮肇が故郷の村に帰り着くと、村の様子はすっかり変わっていて、親戚や友人も誰一人としていません。
たずね歩くうち、自分たちの七代目の子孫だという人と出会いました。
その人は二人にこう語りました。
「おらのご先祖さまは、薬草採りに山へ入っただ。道に迷って帰ってこられんかったそうな」

【出典】
南朝宋『幽明録』
【解説】
劉晨と阮肇が迷い込んだのは、山中に隠れた仙境でした。二人が出会った美女は、実は仙女だったのです。話の中で桃が出てきますが、桃は「仙果」とされ、仙境のシンボルです。
別世界では、俗世界とは異なるスケールの時間が流れています。二人が仙境に半年ほど滞在して故郷に帰ると、すでに三百年あまりの歳月が過ぎていました。
こうした異界の時間に関するプロットは、世界中の文化圏に見られます。日本では、浦島太郎の物語が、わかりやすい例です。竜宮から戻った浦島太郎が玉手箱を開けてお爺さんになってしまいますが、これは、禁約を破ったため、その瞬間に、時間が俗世界のスケールに戻ったということです。