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マダラのタラコで北国の正月料理「鱈の子炒り」とご飯のお供「醤油漬け」

 冬が深まるにつれ、北国で見かけるようになる物体がある。
 色の個体差も大きく (今回購入したものは比較的色が薄いが真っ黒いものもある)一見すると何かの腫瘍のようにも見えるこの物体の正体はマダラの卵巣である。

いわゆるタラコはスケトウダラの卵巣。
成熟度合いにもよるが、育ったマダラの卵巣は
左右2つ合わせれば1kgを軽く超える。
写真は片方だけ切り出したもので450gだった

 日本で一般的なタラといえば、マダラとスケトウダラの2種類だろう。

 この時期の北東北ではマダラとスケトウダラが共に繁殖期を迎える。肉とアラはもちろんのこと、特に珍重されるのは卵 (厳密には卵巣)と白子である。
 マダラで珍重されるのは卵より白子。北東北の沿岸部の場合、卵の方は100gあたり80円前後、対して白子の方は100gあたり300円から500円前後だ。
 スケトウダラは白子より卵が珍重される。スケトウダラの白子は100g100円から130円程度、タラコや明太子として全国的に需要の大きい卵については値段云々以前にそもそもまず売っていない
 厳密にいうとまだ未熟でタラコや明太子を作れないような走りの段階であればまだ見かけることはあるのだが、冬になり卵巣が育ってくると生の状態では北国のスーパーなどでまずお目にかかれなくなる。需要を考えると、北国の我々が安価にスケトウダラの白子を楽しめるのは全国的に需要のあるスケトウダラの卵のおこぼれにあずかっているという構図なのかもしれない。
※12/21追記 こんな記事をアップした日の週末に普通に複数の店舗で売られているのを見た。ちなみに値段は100g130円程度だった。知ったかぶりはよくないと心より反省している

 さて、最初の方に写真を出したマダラの卵なのだが比較的安価とはいえわざわざ別売りされていることから分かる通り、北国ではこれを使った郷土料理も数多い。今回の記事ではこれの食べ方を紹介したい。

 まず紹介するのはマダラの卵を使った料理としておそらく北国では定番であろう料理、鱈の子炒りだ。

 青森や秋田のほか山形でも有名なので、ご存知の方も多いかもしれない。また、北海道では鱈の子和えの名称でほぼ同じものが食べられている。
 根菜やこんにゃくの炒め煮にマダラの卵を加えてコクとプチプチの食感を出した、簡単ながらも滋味深い冬の定番惣菜である。

 マダラの卵と共に炒める具材は、基本的にニンジン、白いこんにゃく、ダイコンかこれらのうちのどれか。秋田の方ではこれにゴボウが加わることがある。また、家庭によってはちくわやかまぼこ、高野豆腐などを好みで加えることもあるらしい。
 なんとなくだが。青森の特に八戸はちのへあたりではダイコンとニンジンの組み合わせが定番で、山形の方に南下して行くにつれて徐々にダイコンがこんにゃくになる割合が増えてくるイメージだ。
 また、北海道の子和えについてはこんにゃくのみで作ることが多いようだ。

 ダイコン+ニンジンにせよ、こんにゃく+ニンジンにせよ、東北で作られる場合は子炒りの具材が紅白の組み合わせであることが多いのは鱈の子炒りが青森や秋田では正月料理として作られることも多いことも関係しているのかもしれない。
 一応は数の子と同様に子沢山や実りと結びつけられているのだろうが、この時期に旬を迎えるマダラの卵や保存が効く根菜類で作ることができ、見栄えが良い上に保存が効くということでの選定だろう。

 今回は個人的に一番美味しいと思っているニンジン+こんにゃくの組み合わせで作ることにした。

北海道の鱈の子和えは突きこんにゃくを使うことが多いが
こんにゃくと鱈の子の他にも具材を入れることの多い
東北で作る時に使うのは
一般的には糸こんにゃくだと思う

  当然ながら家庭料理である以上、下記の味付けはあくまで我が家での話。作る際は、具材も味付けももちろん各家庭で随時調整してほしい。

【材料】
・マダラの卵巣 200g
・サラダ油 大さじ1
・にんじん 中1本
・糸こんにゃく 180g (1袋)
・めんつゆ (※1) 大さじ2
・砂糖 大さじ1
・酒 大さじ2
・ネギ (※2) お好みで

※1 味どうらくの里など5倍希釈の場合。3倍希釈のめんつゆの場合50ccほど
※2 青森の場合、ネギは加えないことも多い

 まずはニンジンは千切りにし、サラダ油でにんじんと糸こんにゃくを炒める。にんじんに火が通ったらマダラの卵巣を加え、汁気を飛ばすようにし、ながら炒めていく。

ニンジンと糸こんにゃく。
紅白のめでたい色合いだ

 スケソウダラの場合はほとんど気にならない卵巣の皮だが、マダラとなると話は別。とはいえ加熱すると歯切れも良く、これはこれで食感のアクセントになるので小さめに切って一緒に炒めてしまうことが多い。とはいえ鮮度が落ちると臭いが出やすい部分でもあるので、この辺りは手に入ったものの質も見て見極めよう。

今回は後述する醤油漬けにする際に
余った皮も子炒りに加えた。
マダラの子は鮮度が落ちると臭みが出やすい。
切った時に卵の角が立つほど新鮮なものを使えば
臭みなど皆無であるのだが
古い鱈の子を使ったらしい鱈の子炒りはとにかく生臭く
昔一度食べてからはしばらく鱈の子炒りが食べられなかった

 卵に火が通ったら、めんつゆと砂糖と酒で味を調えて一応は完成。秋田や山形では、ここにさらに仕上げとして刻んだネギを加える。個人的にはネギを加えた方が好みの味である。

糸こんにゃくのつるりとした食感に
コリコリとした人参の歯応えと香り。
それらがたっぷりまとった濃厚なマダラの卵。
お手頃な材料費と比較的簡単な調理で作れる
この時期の北国ならではのご馳走だ。
ご飯にも酒の肴にもよく合う

 最近低カロリーで楽しめるたらこスパゲッティ的な立ち位置としてじわじわと明太しらたきが広がりつつあるが、あれを見るたびに鱈の子炒りや鱈の子和えを思い出す。
 新鮮なマダラの卵巣は、当然ながら一般的なタラコなどよりも臭みが断然少ない、というかほぼ無臭と言っていいくらいだ。魚卵の生臭さが苦手な子供でも食べられると思う。

 さて、デイリーポータルZにて平坂寛氏は以前このマダラの卵巣で明太子を作っていた。

 実を言うとマダラの子を使い、タラコや明太子を生のまま調味して「ご飯のおかず」にすると言う文化は青森や秋田にかなり古くからある。

 その名も真鱈の子の醤油漬け
 とはいえもちろんこのサイズである。一般的には上述の記事のように丸ごと漬けるのではなく、先にほぐしてから調味液に漬ける。
 なお言うまでもなく、鱈の子炒り以上に新鮮なマダラの卵巣が手に入ることを前提とした料理である。

【材料】
・マダラの卵巣 250g
・めんつゆ (※) 50cc
・酒 (あれば) 大さじ1
・昆布、鷹の爪 適量お好みで
※こちらも5倍希釈の場合。

 まずはマダラの卵巣に切れ込みを入れ、水の中で卵をほぐしていく。

最初はこんな感じ

 ほぐし終わったらしばらく置いておき、水の上澄だけを捨てる。
 捨てたらまた水を入れ、軽く混ぜて置いたら上澄を捨てる。
 この工程を水が透明になるまで繰り返す。

4回ほど繰り返すとかなり透明になる

 ある程度綺麗になったら布で越してしばらく置き、卵の水気を切っておく。

粒の小さいマダラの卵。
水切りをする際はさらしを使う。
無理やり絞ると粒が潰れてしまうのでゆっくり待とう

 水気を切ったら漬け汁に入れる。
 今回はめんつゆに直接入れたが、醤油や味醂や酒をお好みで調合し、煮切ってから冷ましても良い。
 漬け汁に入れて1時間ほどで卵がタレを吸って膨らむので、漬け汁はやや多め容器は大きめを推奨。お好みでこのタイミングで鷹の爪や昆布を入れても良い。

漬け汁に入れた直後の卵

 これで完成……と言いたいところなのだが、マダラは丸呑みで餌を捕食する習性のためかアニサキスに寄生されている確率が非常に高い。特にじゃっぱ汁やどんがら汁向けに売られているタラのアラに入っている肝臓や胃袋などを見ると、ほぼ確実に何匹ものアニサキスが観察できる。(もちろん、汁物などに使う場合は加熱する際に死滅するのでアニサキスアレルギーでもない限りは気にする必要は無い)

 あくまで体感の話としては卵巣や精巣にまで移動している可能性はそこまで高くない気もするが、アニサキスは醤油漬けにした程度ではまず死なないので、ここまで作ったら一旦冷凍庫に2日ほど入れておくのがベターだ。(アニサキスは家庭用冷凍庫でも2日入れておくと死滅すると言われている)

2日間冷凍庫で凍らせて解凍した鱈の子
炊き立ての白米に鱈の子の醤油漬けをたっぷり。
お好みで七味や海苔を振っても良い。
最高の北国の朝食である

 今回は比較的未熟な卵を使ったためか、粒の主張はやや控えめ。新鮮な卵を使えば一般的なスケトウダラのタラコよりもさらにクセがなく非常に食べやすい。
 魚卵のコクがありながらもねっとりとした卵が米粒によく絡む味わいは、イクラなどとはまた違った美味さがある。

 この時期ならではのお手頃な北のご馳走。
 北国以外での材料の入手は難しいかもしれないが、手に入ったらぜひ食べて見てほしい。

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