花見といえば団子より桜餅よりカニ。そんな文化が青森にある。
2024年。4月も半ばの今、北東北は桜の盛りを迎えている。
花見の定番といえば、間違いなく団子と桜餅だろう。桜の名所と名高い青森県の弘前公園でも、桜祭りの季節には有名な花より焼き団子などが売られ、コンビニやスーパーでも関東風・関西風問わず様々な桜餅が売られている。
しかし青森では、団子や桜餅と並んで一風変わったものが花見の定番としてこの時期にもてはやされている。
それがタイトルにもある通り、カニである。
厳密にはトゲクリガニという標準和名のこのカニ。
以前八戸ブイヤベースの記事にも登場した、青森県で春になるとよく獲れるカニの一種だ。
南部地方では北海道で取れるクリガニと区別せずに単に栗がにと呼ぶことがある他、津軽地方ではその名もずばり花見がにと呼ばれることもある。
一般的なケガニとは近縁ながらもやや小ぶりであり、値段も非常に安い。
今回買ったものも甲羅の幅が7〜8センチ程度のもので傷物の雄が1杯120円程度、雌が1杯300円程度だった。
それこそ花見の時など何人も集まるときに、まとめて茹でて山のように盛ったものを食べるようなカニで、太宰治の『津軽』に登場する「蟹」もこのトゲクリガニのことだろう。
とはいえこのカニ、安いとはいえ味はいいという。
基本的には茹でで食べるらしいが、せっかくなのでケガニに倣い蒸しで食べてみることにした。
見事に蒸しあがったトゲクリガニ。
このままむしゃぶりつくのもいいが、剥き方の確認と殻から出汁をとって味噌汁に流用する為、甲羅盛りに仕上げて行く。
剥き上がったトゲクリガニを口に運ぶなり、思わず笑ってしまった。ものすごく味が濃いのだ。
カニは鮮度と味が特に比例する食べ物だと聞く。恐らくトゲクリガニという種というよりも、北東北ゆえに新鮮なものを手に入れることができ、さらに蒸したてのものを食べているからこその味なのだろうが、それにしたってというくらい甘味と旨みが強い。
そりゃこんな物をブイヤベースに入れたら鍋の中でカニ化が起きる。聞いてるか、昔の自分。
さて、このカニは北海道の長万部のかにめし風に米の上に乗せて食べても美味いが、『津軽』にも登場した通り酒の肴という側面が強い。
流行病の話もメディアでは聞かなくなりつつあるが会社単位での飲み会の頻度は減り、個人の花見でもそもそも車社会の地方では泊まりがけでもなければ、出先で酒を飲むということ自体かなり少なくなっている。
現在でも集落単位の飲み会などでは、花見のお供としてトゲクリガニが出ることは多いようだが、こういった場面は年々数を減らしている。
安くて美味しくて味が強く、ちまちまと食べられ、しかも名前とは裏腹に鋭い棘も少ないので剥いていて怪我もしにくいトゲクリガニは、確かにこの時期の酒の肴にうってつけだ。しかし近い将来に、「花見のお供にこのカニを食べる」という文化は無くなってしまうのではないか、と少し思っている。
そして今回ここまで触れてこなかったが、トゲクリガニと同様に青森の花見の定番とされていたものがある。
ガサエビこと標準和名シャコだ。
(※秋田から山形にかけての地方でガサエビと呼ばれる、標準和名クロザコエビとは全くの別種を指すので注意)
今回たまたま青森県産のものが手に入らなかっただけ、と思っていたがどうやら震災以降に陸奥湾産のものは数を減らして値を上げているらしい。更に獲れるようになってくる時期もどんどん後ろになっている。
昨年は初夏ごろにやっとスーパーなどに並ぶようになり、逆に年々開花が早まりつつある桜とは時期が大きくズレるようになっていった。
こちらが花見のお供になっていたのは、もはや過去の話になりつつある。
様々な地域に残る多彩な食文化。
それが他の地域に拡散することもあれば、自然環境や社会の変化でひっそりと無くなっていくこともある。文化がそれらと密接に絡み合う証人である以上、消えていくこと自体もまた変化の象徴としての一形態だ。
しかし例え消えてしまうとしても「かつてこんな文化があった」と伝えていく限り、その文化がかつて存在したことは確かな意味を持つのかもしれない。