【育てて食べた】復活した青森の伝統野菜 糠塚きゅうりはデカくて甘くてジューシーで旨い
日本全国には、伝統野菜として古くから栽培されてきた野菜が数々ある。
各地域毎で長年に渡り品種改良が行われてきた作物たちはそれぞれ独自の性質を有している。その多様性は時に今現在広く栽培されている主力品種のベースとなり、日々様々な品種が作られては我々の食卓に登っている。
例えば現在寒冷地で広く栽培されているニンニクの品種である福地ホワイト六片は、かつて青森県に存在した福地村 (現在は南郷村に編入)で伝統的に栽培されていたものが元になっている。
とはいえ多くの伝統野菜は近年の品種改良で生み出された新たな品種と比べると、病害虫に弱かったり、現在一般的な調理法においては食味に劣ったり、色が変色しやすかったり出荷の際に分別が難しかったりと、様々な理由で淘汰されつつあるのが現状だ。
今回の記事はそんな北東北の伝統野菜の1つ、糠塚きゅうりという青森県の八戸市周辺で伝統的に栽培されてきたキュウリの成長記録である。
「伝統野菜は淘汰されつつある」と書いた。が、この糠塚きゅうりは一時は消滅の危機に瀕したものの、現在は八戸市やその周辺で再び夏の風物詩と地位を取り戻しつつある品種だ。
先日記事にした通り、おいらせ町のアグリの里でも販売されていた。
糠塚きゅうりは成熟してから時間が経つと2日ほどで色が褪せて黄色っぽくなってしまう。また、キュウリ自体は大きいものの1つの苗から収穫できる量がかなり少ない。更に収穫できる量が一般的な品種と比べてかなり少なく、そして何より他のキュウリとも交雑しやすい。こうして糠塚きゅうりはどんどん数を減らしていった。
しかし地元の農家が立ち上がり、2014年に八戸伝統野菜糠塚きゅうり生産伝承会が設立された。
そこから10年、今では旬の時期に八戸周辺のスーパーや産直にいけば店頭に野菜として販売されていることはもちろん、八戸市とその周辺地域ではゴールデンウィーク頃からホームセンターなどで苗が販売されている。家庭菜園で育てている家庭も珍しくないようだ。
確かに収穫後に変色しやすいという欠点はそもそも採れたてであれば関係ないし、生産量が少ないという商業作物としての欠点も家庭菜園であれば核家族でも消費しやすいという利点にもなる。また、接木することで病気への弱さもある程度克服できる。
そして何より、糠塚きゅうりはその見た目や味わいに他のキュウリとは違った特徴がある。
今年の糠塚きゅうりの苗は生育状態が良くないという話であったが、5月の半ばに無事苗を入手できた。
苗を植えてから1ヶ月ほどはゆっくりと育ってきたキュウリの苗だが、6月半ばになり最高気温が30℃を超え始めたところからぐんと成長が早くなる。
経過写真を撮り損ねてしまったが、上の状態からわずか1週間後の糠塚きゅうりの様子がこれだ。
キュウリ、というかビュースターと糠塚きゅうりはわずか1週間で倍ほどの背丈に成長した。つやみどりの成長はややゆっくりだが、それでも1.5倍ほどの背丈だ。
太りやすい人の例えで「水でも太る」というものがあるが、この時期のきゅうりは水を与えれば与えた分だけ伸びているような気さえする。
勿論それだけ土の栄養を吸っているので、連作障害対策にキュウリを植えた土地では地植えの場合は一応は2年から3年はウリ科以外の作物を育てることが推奨されることが多い。
(もっとも今時は肥料の質もどんどん上がっているので作物ごとに栄養を補給したり土中の微生物を活発化させたりする技術も発達している上、そもそも家庭菜園レベルなら気にしないという場合も多いのだが)
また、育つ様子を見て気づいたのは枝が伸びる方向だ。ご存知の方も多いと思うが、キュウリは蔓を伸ばして支柱に絡みつきながら伸びる。この際、ビュースターやつやみどりは蔓の数が少ないことに加えて枝の伸び方が平面的だ。対して、蔓の多い糠塚きゅうりは立体的に枝を伸ばす。
キュウリの枝が平面的に伸びることは当たり前のように受け入れていたが、考えてみれば立体的に伸びる方が自然に感じる。
立体的に枝が伸びると捕まるところがなくそのまま地面に落ちていってしまったり、自分の体に絡みついてしまったりするので育てやすいのは前者なのだが、こちらも品種改良で選別された性質なのだろうか。
この時点で少し気になっているのは、糠塚きゅうりは収穫できるきゅうりの数が一般的な品種と比べてかなり少ないと聞くにも関わらず現時点ではビュースターと咲いている花の数が大して変わらないところだ。どうやら受粉率が他の品種と比べて低いらしい。
そして7月の始め、ついに糠塚きゅうりは収穫の季節を迎える。
さて、収穫できたら次にやるのはもちろん食べることだ。
糠塚きゅうりの一般的な食べ方は、縦半分に切ってワタの部分を取り、砂糖と酒を混ぜた味噌を入れて食べるという食べ方だそうだ。
普段意識されないキュウリのワタだが、一般的な品種でもこれを取ると格段に味が良くなる。
しかし当然食べられる部分は減るし、細いキュウリでは取るのも手間だ。その点、太い糠塚きゅうりならばワタを取ってもなお食べ応えがある。
また、糠塚きゅうりをは甘みもしっかりしているのが特徴的だ。甘さ自体は果物の甘さに近い。甘味の強さまでら果物のようとまではいかないが、出来の良いカブのような甘みがある。キュウリがメロンなどとも近縁なウリ科植物であることがよくわかる。
ただ不思議なことに、このキュウリには時々苦味を感じるものがある。そしてこの苦味の出る法則がつかめない。苦いものはヘタに近い部分の苦味が比較的強いことはわかるのだが、同じ苗から取れた近い成長状態でも全く苦味がないものもあれば苦味をしっかりと感じるものもある。
とはいえ少なくとも今の所我が家で採れたほとんどのものは苦味がなく、苦味があってもほんのりとした程度だ。マヨネーズなど油脂の強いものをつけると全く気にならなくなる。
まずは糠塚きゅうりの皮を剥いてワタをとり、スティック状に切ったものを味噌マヨネーズとバーニャカウダソースにつけていただく。
一般的なきゅうりと比べて更にジューシーで甘みが強い糠塚きゅうりは、バーニャカウダのような濃厚なソースにも負けずむしろバランスが取れている。また、アンチョビのようなやや個性のある風味と相性が良い。今回は安牌を切って普通のバーニャカウダソースにしたが、八戸らしくイカの塩辛やサバ缶でソースを作ってみてもよさそうだ。
また、糠塚きゅうりの独特の形状はシベリア系キュウリの特徴だという。
シベリア系キュウリは、一般的に加熱調理に向くという傾向があるらしい。伝統的には生で食べられてきた糠塚きゅうりだが、青森県観光交流推進部運営のサイトでは加熱調理のレシピも公開されている。
日本ではきゅうりの加熱調理は一般的ではないが、中華料理では時々見かける。
糠塚きゅうりを牛肉と人参、ロマネスコと舞茸と共にオイスターソースと醤油と砂糖と酒で炒めた。
味云々以前にまずこの糠塚きゅうり、加熱したらとんでもなくかさが減った。炒める前の1/4くらいになってしまった。
キュウリの97%は水分だと聞くが、まさかここまで減るとは思わなかったのでかなり驚いた。
生で食べた時同様に皮を剥いてワタを取ってから炒めたのだが、彩りのためにも皮は向かないほうが良かったかもしれない。
しかし味はかなり良い。とろけるように柔らかい肉質が他の食材の旨みも吸っていることに加えて、糠塚きゅうり特有の甘味と甘い香りが、邪魔をしない程度に料理にコクを与えている。
糠塚きゅうり、確かにキュウリではあるのだがやはり一般的なキュウリとは毛色が異なる。
食べ慣れていない人には好き嫌いが分かれるかもしれないが、自分は明確にこちらの方が好みだ。
たかがキュウリと思うかもしれないが、食べれば見た目だけではないその個性の強さにきっと驚くはずだ。三社大祭に湧く八戸市やその周辺地域を訪れた際は是非賞味していただきたい。
先日収穫に至ったのは糠塚きゅうりだが、現在他の伝統野菜も何種類か育成中だ。
無事収穫できたら随時紹介したい。