新語流行語の好き嫌い(マンゴー編)
「っていうか、マジノー眼中のヤツとMK5になってマジウケるんですけどぉ。チョベリバってかんじ~。でも今日はGHQだからぁ~」
(※文末に現代語訳あり)
という死語を自在に操っていた90年代コギャルと同世代のマンゴーです
(※マンゴーはコギャルではありませんでした)。
新語、流行語に対するアレルギーというのは、言葉を愛している人ほど大きいのではないかと思います。
本来はこうであろう!とか、もともとこういう意味であったのに……!
と義憤にかられるのは、まあナンクセ病と愛あるゆえ。
その点、マンゴーは川を眺める鴨長明のように「へー今ってそうなんやあ~むふふ」と生まれては流れゆくコトバたちを見送っていきたいのです。
だから正直、前回のオレンジさんのターンに出現してきた「流行語とおもわれるコトバの数々」、まったく知りませんでした……。
(……コトバを見送ってもなかったことがバレました。ついていかなきゃ~)。
「ンゴ」?って……フンガフッフのこと? サザエさん?
いやいやいや、語尾にね、ンゴってつけるンゴね? さっき調べたンゴ。良ききよ。
さてそんなマンゴーがここ20年くらいモヤモヤしている
「言い回し」があります。
これは、何かの意味を簡潔に表すキャッチ的な新語でもなく、有名人のだれかが使ってバズり、一般に浸透した流行語でもありません。
どちらかというと、何かを消費する言い訳にぴったりなので、メディアが好んで使う印象の言い回し。
実は今日もさっき目にしてしまいました。
それは…
「自分へのごほうび。」
ギャオス!
いや、いいんです、何にも誰にも悪くないんです。
「確定申告、めっちゃ労力かかったけどようやく終わった!自分へのご褒美にちょっといい日本酒飲んじゃお★」
うん、飲んでたべて、どんどんやっちゃって!
「とうとう息子が小学生かあ……いままでの自分へのごほうびにバッグ買っちゃお!」
うん、どんどん買って!いいと思います!
至極まっとうな流れなわけです。
「自分へのごほうび」が表向きあらわしている「自分を甘やかしてあげていいんだよ」「贅沢してもいいんです、あなたにはその価値があるから」というメッセージは、きっと大半の人のインサイトをわしづかみにしたから、今もなお使われ続けている、殿堂入りしている言い回しだと思うんです。
でも。
でもな。
……ここで、マンゴーのものすっごい重箱の隅つつくの助が言うんですよ。
褒美は、誰かにあげるものじゃ。
例えば織田信長が、豊臣秀吉にあげるものなんですよ。
信長は「オレは天下布武の自分へのごほうびに、高い茶碗を買ったぜ!」なんて言わないんです。
だって彼は欲しけりゃ買うでしょ?
横取りも辞さなそうでしょ?
比叡山だって焼くでしょ?
信長は、家来である秀吉がいい働きをしたから「高い茶碗を褒美に取らせる」のです。
何が言いたいかと申しますと、
自分に褒美を取らせる、そんなまどろっこしいやりとりを用いずに、
欲しけりゃ買おう、手に入れよう、と言ったらいいと思うんです。
むしろ「自分へのご褒美」という言い回しを使ってしまうと、
「あっしなんてどうせ虫ケラも同然でさあ、しっかしこんな虫ケラでも、たまにはいい想いしてもいいよなあ?」という自己肯定感の低い人間の逆ギレ、みたいなニオイを感じるのです(勝手に)。
言いすぎました。
自発的に個人が使うなら、「ああ、このひと奥ゆかしい人なんだな」と感じます。
「ふだんあまり贅沢をせず質素な暮らしを営んでおりますが、たまには贅沢をしてみたいものです」といった意味を感じますので。
しかし、メディア(買ってほしい側)が「自分へのご褒美に!」とうたってしまうと、「おまいら、仮にがんばってんだったら、たまにはイイモノ買ってみろや」というような、信長的上から目線を感じるのです。
個人的には、信長からだったらキュンキュンするけど、メディアからはいわれたくないのです。……そう感じるのは、わたしだけでしょうか。
さあ時はバレンタイン。
「自分へのご褒美に、贅沢チョコ」というコピーもいいですが、
もっと欲望に直球なコピーをご提案させていただきます。
「ゲキ高チョコ、ガン食いでアゲてこ♪
くっそうまいべ★」
と。
(※ターゲットはコギャル時代を懐かしむアラフォー女性です)。
では最後に文頭にあった分の現代語訳を書いて、今日は失礼いたします。
「ところで聞いてくださいますか。私、先日まったく存在を意識していなかった男性とキスしそうになって(マジでキスする5秒前になって)、本当にびっくりしました。とてもイヤな気持ちです/そうイヤでもありませんでした。でも、今日は家に直帰予定なので(そうはならないでしょう)。」
マンゴー編 完