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【エッセイ】専門の門
10月。今年も「法の日週間」(10月1日からの1週間)が到来しました。
これまで2回、この週に、法にちなんだエッセイを投稿しましたが、今年は少し趣向を変えて、次の目次をつくってみました。
3つ目のショートショートを取り入れたゆえの目次です。
こうすれば、突然のショートショートの登場も、突然ではなくなると考えました。
ということで――。
今回の試み。
お楽しみいただけると幸いです。
専門の門という字
以前、『記憶の中の同心円』で、小学校4年生の頃のことをはっきり覚えていると話題にしましたが、専門の門という字についての思い出も、小学校4年時の出来事です。
そう断言できるのは、そのことを教えてくださったのはH先生と、はっきり記憶しているからにほかなりません。
小学校時代、クラス変えがあったのは3回ですが、担任の先生が学年ごとに変わったため、H先生といえば4年生のとき、4年生のときといえばH先生なのです。
一見すると強面なH先生がしてくださった、授業とは無関係な話のなかに、「昔話の笠地蔵は、自分たちが貧しいにもかかわらず、お爺さんがとった行いを、笑顔で受けとめたお婆さんあってこそ」というのがあって、なぜかここだけを断片的に覚えています。
本題である専門の門については、「専門家は多くを語らないから、門に口はない」と教えてくださいました。
おかげで、専門の門と学問の問を混同しないですんだだけでなく、子ども心に「なるほどな~」と感心しました。
それだけの話ですが、今でも時々、その意味を思い知ることがあります。
専門の門にまつわるエピソード
「難しい専門用語を使って難しい話をすることは簡単だけれど、専門用語をかみ砕いて易しい話をすることは難しい」
そんなことを耳にしたり、実際に思ったりするたび、専門の門の話とともに思い出すエピソードがあります。
それは、ずっと前に刑法の本で出会った以下の文章です。
これは余談ですが、私が学部学生の頃に聴いた「法哲学」の講義の中で、担当の先生が「縮小解釈」という字を書こうとしてためらい、「縮小」であるか「縮少」であるかわからなくなったと言って学生たちに頭を下げ、各自あとで調べておいてほしいとおっしゃったことがありました。
まるで昨日のことのように覚えています。
つねづね類い稀な名講義と感じ、大変尊敬していた先生なので、先生がそのようなことで混乱されたことに驚きましたが、同時に、大勢の学生の前で、至らないところを至らないところとしてはっきりと認める。
先生のその振る舞いをとっても立派なものと感じました。
井田 良(いだ まこと)
担当の先生の振る舞いはもちろんのこと、その様子をまるで昨日のことのように覚えているという著者も素敵だなぁと感激し、愛用の手帳に書きとめていましたが、それから月日が経過した今――。
専門分野に慣れることなく、いつまでも初々しくいられることも、専門の門の大切な要素のように思えてきました。
専門用語でショートショート(540文字)
タイトル:居所
専門用語の読み方は、たまに普通とちょっと違う。
遺言は「ゆいごん」ではなく「いごん」と読むし、居所は「いどころ」ではなく「きょしょ」と読む。
「結局、どっちも同じだけどね」とK先生。
普段は「遺言」と読んでも、お客様が「ゆいごん」とおっしゃれば、先生も「遺言」に揃えたから、必然的に「ゆいごん」と読まれることのほうが多かったです。
だけど、居所については、先生は一貫して「きょしょ」を使い、「きょしょ」で通じない時は「実際に生活している所」と言い直されました。
その理由を聞いたことはないけれど、その方がしっくりくると、私もなんとなく思っていました。
そういえば、住所と居所の違いについて――。
「住民票に記載してある所が住所で、実際に生活している所が居所。だから、転居届を出さなければ、住所と居所が一致しなくなる」と教えてくださったのはK先生でした。
そんな先生が一度だけ、「きょしょ」を「いどころ」と言われた場面を、私は鮮明に覚えています。
それは、主人の海外転勤が決まったことを報告した時のこと。
滅多に私情を口にしない先生が、「あなたの居所が遠くになってしまうのは残念です」と一言。
私の15年6ヶ月の勤務に、餞別の言葉を添えてくださったのでした。
あとがき
専門の門の思い出と合わせたショートショートに挑戦したい気持ちが、今回の試みとなりました。ほんの少し私事も加えたくなり、15年6ヶ月という所縁ある年月を取り入れましたが、あとは想像の産物です。
お読みくださり、ありがとうございました。
法の日週間