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【短編小説】 しい (約2400字)#シロクマ文芸部 -「北風と」参加-

 北風とたわむれながら、赤や黄色に色づいた葉が次々と枝から離れていく。時折強い風が通り抜けると、降り積もった落ち葉も一緒に巻き上げられ、小さなソリの群れのように地面を滑って行った。

 道の端に、細い回廊かいろうのように吹き溜まった橙色だいだいいろの落ち葉の上を、足を埋めながら柊美月は歩いていた。

「お前さあ、子供みたいだな…」
「普通の道路じゃやらないよ。ここは公園だし、散らかしてないし、誰にも迷惑はかけていないさ…ね?」

 美月の笑顔に木漏れ日が踊る。「ま、そだな。」と言って、天狗の璃玖りくは穏やかに微笑んだ。

 そこからしばらくの間、二人の間に言葉はなく、風でこすれる木の葉や枝の音に耳を傾け、穏やかな時が流れた。

 樹齢百年を超えるシイが数本植えられている場所に来ると、美月はふと足を止め、上を見上げた。常緑樹のため、悠々と伸び広げられた枝には豊かに葉が生い茂り、風が吹く度に浜に寄せる波のような音を空に響かせる。美月は目を閉じ、風と音に身をゆだねた。

 木漏れ日の中、風に身を任せる美月の姿を、璃玖は愛おしげに瞳に映した。いつまでも見ていられる、いや、いつまでも見ていたい景色の一つだ。璃玖はその光景を目に焼きつけるかのように、瞬きをするのも忘れて見つめていた。

「ここの景色も見納め…」

 美月が寂しげにポツリとつぶやいた。この公園は百年以上前に作られ、たくさんの木々が広大な土地に植樹されて始まった。都会にありながら、樹齢百年を超える樹木で構成された森を抱える公園だ。

 しかし、再開発により、一部は伐採され、一部は移植されることになっている。美月が今立っているこの場所に、この樹木が存在するのは今年で最後なのだ。美月と同じように璃玖もシイを見上げた。

「こいつらは…伐採?」
「どうかな…でも、移植だとしても…生き残れる…かな…」
「…これだけ大きい体を支えて、水を吸い上げるには、地上と同じぐらいに広がる根が必要だが…移植されるとなると、かなり整理されるだろうな…」
「…そうだね」
「山の中なら守ってやれるだろうが…ここじゃ俺の力は及ばねぇし…」
「それに…最近暑いしね…根が張る前に暑くなりすぎたら…」
「ま、こいつらに限らず…新しく植えられる若木であったとしても…根が張る前に夏のような暑さに見舞われたら…耐えられねぇだろうな…運が良ければ生き残れるだろうが…」
「…」

 美月は寂しそうにうつむいた。ここは彼女と養父、柊巽ひいらぎたつみの思い出の場所だった。秋になるとよく二人でここに来て、散歩したものだった。

 地面に視線を落としていた美月は、何かに気づいたように目を見開き、笑顔になった。

「まだあった!」

 美月は勢いよくしゃがみこむと、そこに落ちていたしいの実を十個ほど手に取った。璃玖も美月の横にしゃがみ込んだ。

「どんぐり?」
「そう!どんぐりの一つなんだけど、名前は椎の実。」
「椎の実?」
「ふふ…美味しいの!」

 毎年この公園に来て、 巽と一緒に拾って、家で煎って、弾けた実を割って、口に頬張った時の香ばしさまでを思い出して、美月は懐かしそうに笑った。

「お前はどんぐりまで食うのか!」と言って、璃玖はほがらかに笑い声を立てた。

「普通のどんぐりは食べられないよ。でも、これだけは、って食べられるの。生でも大丈夫らしいけど、煎ったほうが安心。」
「…って言われても、俺は人の食べるもんは食べられないからな…それ…持って帰って食うの?」

 美月はあり得ないといった笑みを浮かべて、首を横に振った。

「いやー、無理でしょ…これは落ちて時間が経っているから、さすがに私でも食べられないよ。」

 璃玖はクスッと笑った。比較的何でも食べることを、美月自身自覚しているらしい。

「思い出に持って帰る。もう…ここで拾えないから…寂しいな…」

 大好きだった養父との思い出の場所がなくなる。美月はゆっくり立ち上がると悲しげに、拾った椎の実を見つめてから、ポケットにしまった。

 再び強い北風が二人の間に吹き荒ぶ。美月は両腕を抱えるようにして身を震わせた。不意に、彼女は優しく引き寄せられ、柔らかく暖かく璃玖の腕の中に包まれた。気遣いが心に染みる。美月は彼の胸に顔を埋めた。穏やかで、深く響く璃玖の声が、触れている部分から全身に広がる。

「うちに帰って、その実、庭にいてみるか?」
「え?」

 美月は静かに顔を上げた。彼女の澄んだ瞳に自分の姿が映るのを見て、璃玖は口元を緩めた。二人の会話がほんの少し途切れた。冷たい北風が熱を冷ますように頬を撫でていくのが心地いい。

「新しい思い出…作ろう…」

 美月の瞳が一瞬で潤んだかと思うと、木漏れ日を受けて雫が二筋流れ落ちた。璃玖は静かに微笑んで、両手でそっと、その筋を押さえる。

「…まぁ…もう、巽いねぇから、俺との思い出になるけど…」

 美月は再び璃玖の胸に顔を埋めた。そっと彼の背中に腕を回して少し力を込めた。小さな炎が灯ったように、美月の心の中がじんわりと暖かくなる。二人は言葉なく、互いの存在を温もりに求めた。

 しばらくして、美月は「ふふっ」という小さな笑い声を立てた。

「ありがとう…おとうさん・・・・・
「だからぁ…父親は巽の役回り。俺は、それ、嫌だ…」

 子供のような彼の言動に、美月はクスッと笑いながら彼の背中に回した両腕に少し力を込めた。璃玖も同じようにそれに応える。美月は彼の腕の中で安心感を覚え、一つ、ゆっくりと深呼吸した。

「でも…ちゃんと芽が出るのかな…」
「ああ、それなら心配ない。」
「ほんと?」
「…街中だがあの庭は、巽の残した結界のおかげで俺の力が働く…」
「ほぉ…」
「…芽出して、しっかり根を張るぐらいまでは確実だ。」
「…やろう!楽しみ!!」
「拾ったの全部蒔くか?」
「ふふ…森作る気?」

 互いの温もりを分け合いながら、他愛もない会話は途切れることなく静かに続く。風でキラキラはずむ木漏れ日と、波音のように響く葉音が二人を優しく包んでいた。


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こちらの企画に参加させていただきました。書きたいエピソードを書くきっかけになり、励みになります。いつも、素敵な企画をしてくださいましてありがとうございます。


今回のお話の関連エピソードです。
よろしければ…ぜひ…

どんぐり

ほんのう


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