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【SF短編小説】 本当の理由

※本文2000字です。

 シャンドラン別邸。ヴィクトルの住む家の階段をヴェガは静かに上がると、マヤの部屋の前で立ち止まった。

 優しく二回ドアを叩く。

「ヴェガ?」

 マヤの声が応える。叩き方で誰が外にいるのか察したらしい。ヴェガが返事をし、ヴィクトルはリビングにいることを伝えると、鍵が外され、数センチ程ドアが開く。そして、泣き腫らしたマヤの顔が現れた。

 ヴェガは息を呑む。ヴィクトルの採寸方法が問題だっただけではなさそうだ。彼女はマヤを安心させるように微笑む。

「ヴィクトルとの間を取り持とうとは思っていません。何があったか私に話せますか?あなたの涙が気になります。」

 ヴェガの声にマヤの瞳は一際潤む。溢れないように目を伏せ「どうぞ…」と言って、マヤは部屋の奥に入っていった。ヴェガが後に続く。

 ドアが閉じられたのを確認すると、マヤはヴェガの胸に飛び込み、声を立てて泣いた。ヴェガはマヤの背中に両腕を回し、優しくさする。

「すみません…ヴィクトルには注意しておきました。」

 ヴェガが優しく声をかけるとマヤは静かに首を振りながら「違うの…」と嗚咽混じりの声で応えた。

 複雑な背景がありそうだが、ヴィクトルの採寸方法が原因の涙ではないようだ。ヴェガは少し胸を撫で下ろした。

「座りませんか?」

 ヴェガが促すと「じゃ、一緒に…」と言ってマヤがベッドを指差す。ヴェガがマヤの隣に腰を下ろすと、マヤは彼女の肩に頭を添えた。

「話せますか?」

 穏やかなヴェガの声にマヤは小さく頷き、一つ息をついた。

「採寸もされていないのにピッタリの服が届いて驚いたと思います…」

 ヴェガの言葉にマヤは頷きながら「ふふっ」と笑い声を立てた。

「ヴィクトルっぽいよね…」
「恥ずかしかったでしょう?」
「うん…それはもう…」

 やはり、彼女が恥ずかしい思いをしたのは確かだ。しかし、先ほどの出来事は許容範囲内であることは、彼女の笑い声からわかる。

 それに、マヤが部屋に戻ってしばらく経つが、彼女は着替えることなく新しいチュニックを身につけたままだ。

「服は…気に入りましたか?」
「うん…ヴェガが選んでくれたの?」
「いいえ。私が生地とデザインの候補を挙げて、ヴィクトルが選びました。」
「そう…」

 マヤはそっとチュニックの裾を撫でる。

「採寸方法は問題でしたが…マヤにとても似合っていますよ。」
「ふふ…ありがと…」

 さらにヴェガは首を捻る。どう見てもプレゼントを喜んでいるようにしか見えない。

 マヤの様子が落ち着いている今なら、少し踏み込んだ質問ができそうだ。ヴェガはマヤに回した腕にそっと力を込めた。

「なぜ…リューン祭に行くのをやめたんですか?」

 先ほどまでの緩みかけた雰囲気がふと止んだ。

 マヤは手元に目を落とす。感情的にならないよう、言葉を選ぶのに少し時間をかけた。

「私…いずれ地上に帰るから…これ以上楽しいと困るって思ったの…」

 マヤは三年前、人身売買でユニオノヴァに連れてこられ、過酷な惑星マルキスで瀕死になったところをヴィクトルに保護された。

 本来なら、彼女は地上に戻るべき存在だ。だが、僻地を移動する集落、サトカシ出身で、合流するのは簡単ではない。それでも、ユニオノヴァの正式な居住権を持たない彼女は、成人すれば地上に還されるのは避けられない。

「困る?」
「うん…離れる時…辛くなるから…」
「…ヴィクトルが好きですか?」

 マヤは肩をビクッと震わせ、息を呑み、耳まで赤くして俯く。ヴェガは静かに彼女を見つめた。

『わかりやすい。』

 マヤは彼と故郷の間で揺れているのだ。

「ユニオノヴァは嫌ですか?」
「ここは私の居場所じゃない…やっぱり地上が…サトカシが恋しい…帰りたい気持ちもあるの…でも…ヴィクトルといるとすごく楽しい…」

 彼女の声は不安に掠れ、揺れている。

「それを考えると…何でかわからないけど、涙が止まらなくなるの…」

 マヤは顔を両手で覆うと啜り泣く。ヴェガは優しくマヤの頭を両腕で抱えた。

「ヴィクトルに話したことはありますか?」
「ないよ…無理させたくない…」
「無理なんて…彼に話してみませんか?」

 弾かれたようにマヤは顔を上げ、慌てて首を振る。

 マヤは知っていた。彼女を手元に置くため、ヴィクトルは自ら進んでエクストラアップデートを受けている。それは裏で“人体実験“と揶揄される遺伝子操作で、副作用のリスクもある。それでも彼は、ユニオノヴァ中央議会へ自らの要望を通すため、課されている以上の施術を受け、研究データの取得に協力する姿勢を示していた。

 彼に相談しようものなら、解決するために更に無茶をするに違いない。

「絶対言わないで!お願い!」

 その瞳は大きく見開かれ、懇願する光を帯びていた。

 マヤの勢いに押され、ヴェガは「わかりました」と溜息混じりの返答をする。

「地上に還る時…この服持っていく…」

 裾を優しく撫でるマヤの肩をそっと抱き寄せ、ヴェガは彼女に頬を添えた。

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このエピソードは「ユニオノヴァ戦記はじまりの事件③」の中で少しだけ触れられている喧嘩についてのマヤサイドの話です。

ユニオノヴァ戦記 はじまりの事件③ ↓

はじまりの事件③の別の短編エピソードはこちら

シルヴィオが取りに行かされた品物の話 ↓

マヤと喧嘩したエピソード

ユニオノヴァ戦記の本編にご興味お持ちいただけたらこちらをぜひ ↓

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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