【SF短編小説:1500字】 星が降る #シロクマ文芸部
「“星が降る“って感覚わかる?」
二人は自然衛星リューンにあるヴィクトルの祖母、アリシャ・シャンドランの別邸の屋上に寝そべっていた。
マヤの問いにヴィクトルは肩をすくめてみせる。地上に行ったことがない彼にその光景は想像ができない。
「文章の表現としてなら…」
マヤは「そう…」と言ってしばし言葉を切る。
眼前に広がる暗闇に、大小無数に散らばる光の粒は、地上から見る星々の姿とは似ても似つかない。
「ここは星が張り付いたみたいに光って、流れ星もない…地上から見る空って広いんだ…空は青くて、夜は星が瞬いて、もちろん、流れ星もある。」
「ああ…それなら、知ってる…」
マヤは勢いよくガバッと体を起こして、ヴィクトルの方に顔を向ける。
初めて会話が続きそうだ。マヤの郷愁は一気に吹き飛ぶ。
ヴィクトルのところに引き取られて約一ヶ月。ようやく会話の糸口が見つかるかもしれない。
無愛想で無表情で数語で終わる会話から抜け出せるかもしれない。マヤの胸が高鳴る。
「ほんと?知ってる?」
「ああ…全部大気圏が引き起こす現象だろ?」
ヴィクトルは無表情のまま、マヤに顔を向けることもなく答えた。
「大気圏?」
予想外の言葉にマヤは目を丸くする。想像しなかった方向に会話が転がり始めたようだ。
「空が青いのは、波長の短い青い光が大気分子で散乱されるから。星が瞬くのは大気の揺らぎで光が屈折して見えるからだ。強風で大きく大気が乱れれば、瞬きはさらに増える。流れ星は微小な隕石が大気圏で燃え尽きる現象。空が「高く見える」と感じるのは、地球の大気圏の特性による視覚的な効果…」
「も、もういいよ!」
マヤは、ヴィクトルから溢れ出す物理的な知識に押し流され声を上げる。
表情豊かなマヤを横目に、彼女を引き取ってから毎日のように感じる不思議な感覚が、再びヴィクトルの中に訪れていた。
胸の中にジワリとした感覚を覚えて温もりが全身に広がるのだ。それは回数を追うごとに大きくなり、最近はくすぐったささえ伴う。
今日は昨日にも増してくすぐったい。思わず口元が緩んでいた。
初めて見る彼の微かな笑みにマヤの目は釘付けになる。同時に、心臓が突然キュッと何かにつままれたような感覚を覚えた。
マヤが目を見開いたまま言葉を失っていると、ヴィクトルも上半身を起こし、片膝を抱えて座り直す。その表情は元に戻っていた。
「ごめん…困らせたかったわけじゃない…多分…羨ましかったんだ…」
「羨ましい?」
「ああ…僕の知らない世界を…知っている君が…」
知識を立て続けに披露したヴィクトルに、マヤが腹を立てて無言になったと思っているようだ。マヤはヴィクトルの方を見て、安心させるように微笑む。
「今日はお祝いしよう!」
「何?急に…」
突然の提案にヴィクトルも思わずマヤに顔を向ける。そこにあるマヤの笑顔につられてヴィクトルの口角が上がる。
「何?どうしたの?…何のお祝い?」
「ヴィクトルの笑顔が見られた日。」
ヴィクトルの表情が真顔になる。しかしその表情は不思議と先ほどまでの無表情とは違っている。少なくとも、マヤにはそう見えた。
「笑顔?僕が?」
「うん!二回、見せてくれた。」
マヤは嬉しそうに元気よく頷いてみせる。ヴィクトルは頬を両手で覆い、俯く。『僕に…感情が残ってる?』自問する。
「可愛かったよ。」
マヤの追い打ちをかける言葉に、ヴィクトルは恥ずかしそうに片膝を抱え直し膝に額をつける。
「あっ、照れてる!」
マヤの明るい笑い声にヴィクトルは俯いたまま首を振るが、表情は柔らかく笑顔だ。
やがて二人の間には優しい静寂が訪れる。しばらくの間二人は言葉なく星空を見渡していた。
(本文1500字)
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今回もこちらの企画に参加させていただきました。いつも素敵な企画をくださいまして、ありがとうございます。
今回のお題のおかげで、ヴィクトルとマヤが二人の共同生活を始めた初期の方を描くことができました。
エピソードはあっても、どこから始めていいのかわからないものが多く、いつもお題に助けられています。ありがとうございます。
本編、「ユニオノヴァ戦記 はじまりの事件」は、今回の短編小説の約三年後の話です。この短編では、マヤ12歳、ヴィクトル14歳ですが、本編では、マヤ15歳、ヴィクトル17歳です。
ユニオノヴァ戦記本編は、こちら ↓
最後までお読みいただきありがとうございました。