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【短編小説】 宴 #シロクマ文芸部 「三月に」参加
※本文約1500文字です。
三月になりすっかり春めいてきた。そろそろ桜の蕾も綻ぶ頃だが、夕方になるとまだ肌寒さは残る。
しかし、本邸から一番離れた馬小屋横の納屋は、城に出入りする下男、下女の活気と温かい光に満たされていた。藩主や家臣が忙しい行事前の時期。民衆に向けられる監視の目が手薄になる時期を狙って行われる集まりだ。
皆、輪の中心に立つ男に期待の瞳を向ける。
男の仕草、紡ぎ出す言葉、一つ一つに心をくすぐられたような笑い声が上がる。
男は領主の仕草を模倣し、胸を張り、肩を怒らせつつ、最前列に座る少女の前に行く。
「そなた、いくつだ?」
「八つ…」
「ふむ…二年したらこの納屋に来るといい。褒美を取らす。」
あちこちからどよめきに、笑い、「ゲスヤロー」「クズ〜」「子供はだめだろ〜」とやじが飛ぶ。次に隣の男子の前に行き。
「そなたは、今すぐだ。男にしてしんぜよう。」
大笑いが起きる。「どっちもか〜」「誰でもいいのかよ!」ヤジが一際大きくなる。
「ヤジがすぎる、そこの!肌ぬぎしてここへ来い!」
ヤジを一番飛ばしていた男を指差す。
大笑いに囲まれ、男だけは鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、人差し指を自分の鼻に向ける。中心にいる男が頷くと「俺どうなんだよぉ!」と笑った。
すると、男はニヤリと口に笑みを浮かべて「こうなる!」と言いながら自らが肌ぬぎし、観衆に背中を向けた。
観衆は息を呑み、目は男の背に釘付けになる。先ほどまでの賑わいが嘘のように、あたりは水を打ったような静けさに包まれた。ヤジを飛ばしていた男が声を振り絞る。
「キ、キョウスケ…お前、何やったんだよ?」
「何も…」そう言いながら、観衆に見せるようにしながらゆっくり歩き始める。
子供達の中には「キョウスケかわいそう」と言って、目に涙を貯める子供もいる。
「何でやられた?」
「鞭。」
「乗馬の時のか?」
「ああ。皆もこうならぬよう気をつけるがいい…」
聴衆が次々にする質問にキョウスケと呼ばれる男は答えていく。彼の背中には複数のミミズ腫れが赤黒く走り、その中の二つは肉が裂け、表面に血液が固まっている。
「何したらこんなになるんだよ?」
「馬係。」
「はぁ?意味わかんねぇ…」
「私も同感。意味がわからぬ。」
深刻な空気に耐えられず、キョウスケは領主の真似をして答える。
鏡がないから背中の傷の状態を知らなかった。着物に血が付着したため、切れているとは思ったが、観衆がこれほど引くとは。予想外だった。
明日から始まる参勤交代に連れていく馬の状態を確かめるため、今朝領主が乗馬した時のこと。降りる際、馬が少し嫌がり2歩ほど移動したため、領主がバランスを崩したのだ。
「馬の仕込みが悪いって?」
「さよう…」
「ハエとかアブじゃねぇの?」
「さよう。」
「あいつ、ほんと、暴君だな。」
納屋の中はキョウスケに同情する声でどよめきを増す。
突然、納屋の扉が乱暴に開け放たれた。
「キョウスケはおるか!」
怒鳴り声と共に脇差を差した二人の家臣が飛び込んでくる。鋭い声は、一瞬にして納屋の賑わいを吹き飛ばした。
家臣の物々しさに押され、誰も指先一つ動かすことができず固まる。
観衆の間を縫い、キョウスケの前にいくと「来い!」と言って一人が勢いよくキョウスケの腕をひく。
領主の言動模写を家臣に見られたことは何度かあったが、『お咎め』は今までなかった。見逃してくれているものと思っていた。
『うかつだったか…』キョウスケは唇を噛み締めた。
後悔はない。生きるのに必死で、辛くて、いつ終わってもいい人生だ。だが、引っ立てられる姿で子供たちに恐怖を与えるのが心残りだ。
彼は一瞬表情をこわばらせたが、子供たちの方に顔を向けると、笑顔で頷いてみせ、一切抵抗することなく進んで納屋から出ていった。
(つづく)
※「三月」と表現がありますが、この小説では江戸時代に使われていた旧暦で書きます。現代の暦では四月ぐらいの設定です。
※キョウスケは苗字がない上、文字が読み書きできない身分のため、漢字がありません。
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今回もこちらの企画に参加させていただきました。いつも企画くださいましてありがとうございます。
もしも、キョウスケに興味をお持ちいただけましたら、合わせて「アイデンティティ」もお願いいたします。この話が元で、その裏どり的な話が、こちらの話になります。1話目「スリップ」に出てくるシーンのキョウスケサイドの話です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。