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朝の表情

11月の上旬から、僕は毎日散歩をしている。

今でこそ散歩は日課となっているが、もともと出不精の僕にとって、「毎日の散歩」なんてものは、ハードルの高いお題目だった。

だからといって、やらない選択肢はなかった。むしろ、毎日外出したいとずっと思ってきたんだ。だって、身体の健康のことを思えば、太陽の光を浴びて、新鮮な空気を吸って、適度な運動をするに越したことはないんだもの。

ひとまずの目標は「近くの公園まで行く」ことに定めた。行って帰ってくるだけでOK。100点。万々歳。

本当は〇km歩くとか、ジョギングをするみたいな「運動している感じ」の出るものを選びたかったが、確実に行動に移せるようにハードルは低く設定した。

この目標設定が功を奏したようで、無事に散歩の習慣がついた。

自宅から200mほど離れた公園まで行き、外周を何回か回ってから家に戻る、というのがお決まりのルート。もっと歩きたい時は、別の道を通ったり、近くのスーパーに立ち寄ったりして距離を稼ぐ。

散歩が目的だから、自宅を出て自宅に帰ってこられればなんでも良かったんだけど、習慣を作る過程で「公園に行くこと」が自然と僕の身体に染み付いてしまった。誰かにプログラムされたかのように、毎日公園に足を運んでいるのはそのせいだ。

通い詰めている公園は、大きさが50m×100mほどの長方形をしている。中央には東屋、一つの角に公民館、その対角には公衆トイレがあって、最低限の設備は整っている。でもその他には、正方形の形をしたテーブルと椅子のセットがいくつか点々と置かれ、遊具はブランコとシーソーがあるのみ。

今日も言わずもがな公園に来た僕は、外周をひと回りした後で、園内に入った。

時刻は6時15分。

夏だったら、ちょうどラジオ体操にやって来た子どもたちで賑わっている頃合いだろう。スタンプカードにサインをしてもらうための列。日中の遊ぶ約束をしている仲良しのグループ。そそくさと公園を出ていく兄弟。遥か上空では、やる気に満ち満ちた太陽が、そんな子どもたち一人ひとりにエネルギーを分け与えようと、必死に光を送っている―。

しかし、今は11月の中旬。早朝のイベントが皆無なこの時期のこの時間帯に、公園にやって来る人はそうそういないもので。秋の冷たい風が吹く静謐な空間に、僕だけが閉じ込められてしまったみたいだ。

とりあえず、公園に入ってすぐそばにあった正方形の椅子に座る。座面はヒヤッとしていて、気持ちがいいものでは無い。

正面に見えるシーソーには、どことなく哀愁が漂っていた。その理由が、子どもたちがいない寂しさからなのか、前日に子どもを乗せた疲れが取れていないからなのか、僕には分からなかった。

僕はコートの内ポケットに手を突っ込んで、小さな本を取り出した。サンテグジュペリの「星の王子さま」だ。表紙には、かわいらしい王子さまのイラストが挿し込まれている。栞紐の挟まったページを開き、続きから読み始めた。

「読書」も日課にしたいと考えていた僕は、時々本を持って自宅を出た。そして、空いている場所に座って、本に目を走らせるのだ。

しばらくすると、太陽の光が注ぎ始めた。紙の白が一層白みを帯び、逆に影の部分はくっきりと濃くなる。

太陽のこの温かさは、話の中の傷ついた王子さまの心を癒してくれるのではないかと思った。いや、どうか癒してあげてほしいと願った。

おおよそ20ページ読んだところで栞紐を挟み、本を閉じた。

立ち上がると、もう随分と公園の中は明るかった。まるで、人を迎え入れる準備が整った合図を出しているようだ。

秋晴れの空の下、我が家へ帰るために公園の外に出た。外の世界も、気が付かないうちに随分と明るくなっている。

そうして今日も、一日が始まる。

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かなりあ
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