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禽将棋の鳥 ―なぜこの鳥たちなのか?
この記事はアブストラクトゲーム Advent Calendar 2022参加記事です。
すでにnoteでもお知らせしている通り、私はいま伝統ゲーム「禽将棋(とりしょうぎ)」のクラウドファンディングを行っています(12月14日まで!)。↓の記事はそのページの日本語版です。
ゲームの概略はそのプロジェクトページで記しているのですが、クラウドファンディング用ページという性質上、あまりこまごまとしたは書けなかったので、ここではそちらに記せなかった禽将棋の諸特徴や、駒のモチーフとなっている鳥はなぜ選ばれているのか、ということについての考察を以下に書きたいと思います。
古将棋としての禽将棋
禽将棋は古将棋、つまり江戸時代までに考案され、現代では広くは指されなくなった将棋の1つです。古将棋にはさまざまな種類があるのですが、現代一般に指されている将棋(本将棋)のサイズ(9×9マス)よりも大きい盤を使用するものがほとんどであり、その中で禽将棋は最小サイズの盤(7×7マス)を使用する最も小型の将棋です。
古将棋類のなかでみた禽将棋のユニークな点のもう一つは、持ち駒を使用する、つまり捕獲した相手のコマを再利用できるという点です。「捕獲したコマの再利用」はチェスと比較したときの将棋の特徴のひとつとして挙げられることが多いのですが、実は歴史的な将棋類で(ルールが明確なものの中では)この特徴を持つのは本将棋と禽将棋のみです。
また禽将棋にはほかの古将棋類と共通するコマが一つもない、というのもユニーク点の一つです。系統的には本将棋の元となっている「小将棋」を踏まえつつ、『禽象戯図解』の著者・豊田四郎兵衛安親によって独自に考案されたものと考えられます (『禽将棋の研究』参照)。
禽将棋のコマ(鳥)
禽将棋に登場するコマはすべて漢字一字の鳥の名を冠しており、その種類は燕、鴈(雁)、鷹、鵰(熊鷹)、鶉、雉、鶴、鵬の8種です。これら各コマについても上記のプロジェクトページで簡便に紹介しているのですが、先日私のTwitterにて、各コマの戦略上の特質などにも触れた解説をツイートしましたので、こちらにそれらをまとめる形で紹介させていただこうと思います。
燕(つばめ)
【禽将棋の鳥①】燕(つばめ、えん)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) November 30, 2022
本将棋の歩にあたる駒で、各陣営に8枚あります。歩と同様に前方に1歩ずつしか進めません。敵陣(後方の2列)で鴈(かり)になります。
歩と異なり、1列に2つまで置くことができます。(1/2) #将棋 #禽将棋 pic.twitter.com/JYd0VXjC9p
禽将棋は1手目から燕による捕獲が発生するため、持ち駒の燕をうまく使うことが戦略上非常に重要になります。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) November 30, 2022
禽将棋を解説した最古の書籍『禽象戯図解』では、禽将棋に成り駒が2種しかないことについて「燕を自在に扱うことを専らこの将棋の趣向としている」ためと説明しています。(2/2)
鴈(かり)
【禽将棋の鳥②】鴈(かり、がん)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 1, 2022
燕の成り駒です。本将棋の「と金」にあたりますが、と金と異なり後方か斜め前方に1マス空けてジャンプするという少々トリッキーな駒になります。
その移動の制約ため、1つの鴈は盤面のうち4分の1のマスにしか到達することができません。(1/2) #将棋 #禽将棋 pic.twitter.com/sqUFUsJjnh
禽将棋では成りは強制であるため、後方2列に入った燕はかならず鴈に成る必要があります。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 1, 2022
持ち駒として使い勝手のよい燕が、扱いづらい鴈と表裏をなしている、というのが禽将棋の面白い点の一つであり、ここをうまく扱えるようになることが上達の鍵と言えるのではないでしょうか。(2/2)
鷹(たか)
【禽将棋の鳥③】鷹(たか、おう)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 3, 2022
各陣営の二段目に1枚だけある駒です。本将棋の飛車と角行を兼ねたものと位置づけられますが、飛車や角行のような長距離の移動はできません。
敵陣で鵰(くまたか)に成ります。(1/2) #将棋 #本将棋 pic.twitter.com/6TkLGINOAk
攻め込みやすい位置に配置されており、移動範囲も広く、そして最強の駒である鵰に成れることから、禽将棋における攻めの要と考えられます。真後ろに移動できないのもその表れかもしれません。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 3, 2022
8枚ある燕と、鵬以外では唯一1枚しかない鷹にのみ成り駒があるというのも面白いところですね。(2/2)
鵰(くまたか)
【禽将棋の鳥④】鵰(くまたか、しゅう)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 4, 2022
鷹の成り駒で、本将棋の龍王と龍馬を兼ねたものと位置づけられます。8種の鳥の中で抜群の移動範囲をほこる禽将棋最強の駒です。
自軍の鷹を鵰にすることができれば、相手の鵬にかなりの圧力をかけることができるようになります。(1/2) #将棋 #本将棋 pic.twitter.com/IpsxeAI1Ko
クマタカは大型の鷹の一種で「森の王者」の異名があります。禽将棋に関する英語圏の紹介では単にEagle(鷲)となっているものもあり、実際世界標準では鷹よりは鷲に分類されるもののようです。(2/2)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 4, 2022
鶉(うずら)
【禽将棋の鳥 ⑤】 鶉(うずら、じゅん)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 5, 2022
本将棋の香車にあたる駒で、左右の端に配置されています。香車と異なり斜め後方への移動も可能です。
鶉の移動能力は左右非対称で、右の駒と左の駒で鏡像をなしているという、将棋類の駒の中でも珍しい特徴を持っています。(1/2) #将棋 #本将棋 pic.twitter.com/XekXySlgs9
長距離移動できる駒は鶉と鵰(くまたか)のみです。図のような移動方向のため、中ほどまで前進することで自陣を固める駒にもなります。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 5, 2022
鶉のような小さな鳥に長距離移動が割り当てられているのは不思議に見えますが、鶉がほぼ空を飛ばず、地を駆ける鳥であることを踏まえているのかもしれません。(2/2)
雉(きじ)
【禽将棋の鳥⑥】 雉(きじ、ち)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 6, 2022
本将棋の桂馬にあたる駒ですが、「桂馬飛び」はできず、前方へ1マス空けてジャンプします。
その移動方法のため、雉は盤面のうち2分の1のマスにしか到達することができません。(1/2) #将棋 #禽将棋 pic.twitter.com/iS5wDvkPYd
鴈に次いで扱いにくいコマですが、ジャンプ移動ができるのは鴈と雉だけであり、うち持ち駒で使えるのは雉だけです。逃げ道のないコマを見つけて襲うなど、うまく使えば威力を発揮します。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 6, 2022
持ち駒の燕で相手の雉を取り、その雉を打って鶴や鷹を取る、というのが順当な戦法の一つかもしれません。(2/2)
鶴(つる)
【禽将棋の鳥 ⑦】 鶴(つる、かく)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 7, 2022
鵬の両脇に配置されている駒で、本将棋の金将と銀将を兼ねたものと位置づけられます。成駒以外では鵬、鷹に次いで移動範囲が広く、攻守にわたって活躍する駒です。(1/2) #将棋 #禽将棋 pic.twitter.com/ldllmJ3sqF
左右に動けないという欠点はあるものの、前後三方向の移動範囲は持ち駒として使うときにも威力を発揮します。実戦では鵰で敵の鵬の逃げ道をふさぎ、鶴を打って詰める、というのが安定した詰め方かもしれません。(2/2)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 7, 2022
鵬(ほう)
【禽将棋の鳥 ⑧】鵬(ほう、おおとり)
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 8, 2022
本将棋の王将にあたる駒で、機能、動きともに王将と同じです。この駒が相手の捕獲から逃れられなくなると詰みとなり負けになります。(1/2) #将棋 #禽将棋 pic.twitter.com/uRTDb16dC2
鵬は中国の神話に登場する巨大な鳥で、その体長は三千里(1200㎞くらい)に及ぶとされています。大鵬、白鵬の四股名になっている鳥です。
— Kanare_Abstract (@KanareKato) December 8, 2022
禽将棋の英語の解説ではPhoenix(鳳凰)となっているのですが、日本語では鵬と鳳が同じ読みをもつことから来る誤解と思われます。(2/2)
それで、なぜこの鳥たちなのか
さて、以上の鳥のラインナップをみて、「なぜ数多くある鳥の種のなかで特にこれらの鳥がコマに選ばれているのか」と不思議に思われた方もおられると思います。まず神話の鳥である鵬は別格、鵰も鷹の一種として、燕、雁、鷹、鶉、雉、鶴の6種が選ばれている理由は何でしょうか。
まず、いずれも「漢字一字で表せる鳥」であり、日本人にとってなじみのある鳥である、ということは言えそうです。しかしそれなら雀、鶏、鴉、鳩…といったものでもよさそうですね。では将棋は一種の戦いを示しているので「強い鳥」が選ばれているのかというと、猛禽類である鷹以外はあまり該当しそうにありません。
ちなみに同じ古将棋の一種の和将棋は、駒の名称をすべて動物から取っていて、鳥を示すコマの名称としては「鴟行」「鶏飛」「鳫飛」「烏行」「雲鷲」「燕羽」「萑歩」「延鷹」「燕行」「勁鷹」「金鳥」の11種があります(成駒をふくむ。鴟は鳶や梟、萑は雀を指すようです)。このうち燕、鳫(雁)、鷹が禽将棋の鳥と共通しますが、駒の動きはそれぞれまったく異なっており、禽将棋のコマが和将棋から直接取られたといったことは考えにくいようです。
ただし、和将棋の「鳫飛」の成り駒は「燕羽」であり、禽将棋の燕が鴈に成ることと照応しています(昇格の方向は逆ですが)。燕がまったく異なる種の雁になるのも一見不思議に見えますが、これについては前述の『禽象戯図解』に「春往秋来之意」とその理由が書かれています。つまり燕は本州へは春に渡ってきて秋に去る鳥、雁は秋に渡ってきて春に去る鳥であるということを踏まえているわけです(風流ですね)。
で、あらためてこれら6つの鳥についてそれぞれ簡便な方法で調べてみたのですが、生態ではなく日本の伝統文化における扱われ方をまとめると以下のようになりました。
燕ー春を告げるめでたい鳥
雁ー秋に飛来する鳥。鳴き声が珍重され多くの詩歌に詠まれる
鷹ー鷹狩に用いられ、威厳のある鳥として扱われる。「一富士二鷹三茄子」という言葉から、初夢でみると縁起がよいとされる
鶉ー古来より食用、愛玩用として飼育される。鳴き声を「御吉兆」等と聞きなして珍重され、豪奢な籠に入れて飼われたり縁起物として扱われた
雉ー姿の美しさから品位のある鳥として扱われ美食の対象としても珍重される。調理法や部位によってさまざまな病が治るという俗信があった
鶴ー霊鳥とされ長寿の象徴とされた
・・・なんのことはない、伝統的に高貴で縁起が良いとされている鳥たちが順当に選ばれていただけなんですね。これは禽将棋が考案された江戸時代にはおそらく自明のことだったのでしょうが、現代の我々から見ると特に「雉」や「鶉」に縁起がよいというようなイメージが薄れているため、いまいちピンとこなくなっていた、ということになると思います。
新しい鳥を付け加える
以上のことについて調べたのは、実は冒頭に書いたクラウドファンディングのおまけ要素(ストレッチゴール)として、禽将棋に新しいオリジナル駒を付け加えることを思いついたため、どのような鳥ならふさわしいのかということを考える必要があったからです。それでここまで書いたことを踏まえ、以下のような条件にあう鳥を探すこととなりました。
・漢字一字で表せる
・日本人が一般に知っている(なじみのある)鳥である
・個性がはっきりしていて、禽将棋の従来の鳥とイメージが被らない
・伝統的に高貴で縁起がよいとされている
記事執筆時点でまだストレッチゴール(2段階)が解禁されていないため、結局どのような鳥にしたのかはまだ明かせないのですが、先にバラしてしまうと上記したような条件すべてに合致する鳥を探すのは難しく、「縁起が良い」等については譲歩せざるを得ませんでした。
これについては、あくまでおまけ要素としてオプションでゲームに追加される駒であることや、現代の我々が遊ぶものであることに鑑み、歴史的な感性よりも鳥の個性を優先させた結果として理解していただければと思っています(鳥に罪はないですしね)。このあたりのことはゲームに追加予定の付属説明書である程度詳しく書こうと思っています。
どんな鳥になったのか気になる方は「禽将棋」キックスタータープロジェクトを見守っていていただけると(気が向いたらご支援もしていただけると)嬉しいです。ありがとうございました。
参考文献
松本尚也 『禽将棋についての研究 禽将棋の背景と系統的位置づけ』 デザインエッグ社、2019年