「変則チェス」の奇妙な世界
先日、自分のウェブサイトでサーキュラーチェス(円形チェス)の販売を開始しました。円盤型のボードを使ったチェスは、近代チェスの前身であるシャトランジの時代から存在し、1000年を超える歴史があります。
この円形チェスのように、オーソドックスなチェスとは何らかの点で異なるチェスは変則チェス(chess variant)や妖精チェス(fairy chess)などと呼ばれており、記録されているだけでも1000を優に超える種類が存在します。
chessvariants.com は、チェスのヴァリアントを広くあつめる登録型のデータベースサイトです。ここで記録されているものにはチェスの歴史的・地域的な変種や、チェスのルールのうちのひとつだけを変更したものもあれば、特殊な動きをする駒や特殊な形のボードを導入したりして、ゲーム性を大胆に変更したものもあります。
以下では自分が知っているもののうち、特に発想の奇抜なものやインパクトの強いものを集めてみました。何百年もの試行錯誤の歴史がある変則チェスには、新しいゲームデザインのためのアイディアが豊富に含まれていると思います。
3次元のチェス「ラウムシャッハ」
Raumschach, 1907
3次元チェスは、コマが平面方向(縦横斜め)に加えて垂直方向にも移動できる変則チェスで、通常いくつかの階層に分けられたボードで表されます。3次元(3Ⅾ)というと現代的な発想に見えますが意外に歴史が古く、19世紀なかばにはすでに考案した人がいたようです。
初期の3次元チェスで有名なのはFerdinand Maackによって1907年に考案されたラウムシャッハ(「スペースチェス」のドイツ語)で、5×5×5のボードを使用し、通常のチェス駒に加えて、垂直方向に斜めに移動する「ユニコーン」という特殊なコマが追加されています。
もう一つの有名な3次元チェスは、SFドラマシリーズ『スタートレック』に登場した3次元チェス (Tri-Dimensional Chess) です。このチェスは当初ただの小道具でしたが、のちに実際に遊べるようにルールが考案されました。Tri-Di Chessでは3層の4×4マスのボードに加えて2×2の可動式のボードが4枚あり、自分の手番でコマを動かす代わりに可動ボードを動かすことができます。
2枚のボードをつかう「アリスチェス」
Alice Chess, 1953
『不思議の国のアリス』にちなんだ名前を持つアリスチェスは、生涯において多数の変則チェスを発明したV.R.パートンの代表作です。
このゲームでは2つのチェス盤を使用します。最初は片方のボード(A)に通常のチェスとおなじようにセットアップを行い、もう片方(B)は空の状態にしておきます。そしてコマが移動を行うごとに、AにいたコマはBのボードの同じ位置へ、BにいたコマはAの同じ位置へ、というふうに別のボードに転送されます。
別のボードの同じ位置にコマがあるところへは移動できません。通常のチェスと同じように相手のキングをチェックメイトできれば勝ちになります。
一次元のチェス「リニアチェス」
Linear Chess, 1961
リニアチェスは3次元のチェスとは逆に、通常のチェスから次元をひとつ減らしたチェスです。要するに縦方向に一直線のボードが使用されます。上記のアリスチェスの作者であるV.R.パートンが考案し、その後マーティン・ガードナーやシド・サクソンらが同様の発想のヴァリアントを考案しています。
パートンのヴァリアントではコマの名称が異なりますが、基本的にポーンは1マス移動、ナイトは2~3マス、ビショップは同じ色のマスを(間のコマを飛び越えて)移動、ルークは一直線、というような具合に移動能力が割り振られています。
一本道のボードでゲームが成立するのかと疑問に思われる向きもあるかもしれませんが、アブストラクトゲームにはカエルとヒキガエルのようなタイプの一直線に動くゲームが一定数存在します。ただし一次元チェスのいくつかのバージョンは解決されている(最善手で先手後手のどちらが勝つかが判明している)ようです。
異能力者のチェス「バロックチェス」
Baroque Chess, 1962
ウルティマの別名でも知られるバロックチェスでは、キング以外のコマがすべて通常のチェスとは異なる動きをするコマ(フェアリー駒)で構成されています。まずポーンはルークとして動き、ポーンとキング以外のコマはすべてクイーンと同じ動きをします。そして以下のようにそれぞれ異なった方法で相手のコマを捕獲します(数字はコマの数)。
ポーン (8) - 相手のコマを自分のコマ同士で挟んで捕獲/ウィズドローアー (1) - 隣接している相手から離れることで捕獲/ロングリーパー (2) - 任意の距離をジャンプし飛び越えた敵を捕獲/コーディネーター (1) - 味方のキングおよび自分と直角をなす位置にいる敵を捕獲/イモビライザー (1) - 周囲8マスにいる敵コマを移動不可にする/カメレオン (2) - 捕獲対象とおなじ方法で捕獲
人気のある変則チェスで、通常のチェス駒を使って遊ぶことができます(イモビライザーはルークを倒立させて表す)。作者ロバート・アボットは列移動を利用した画期的なアブストラクトゲーム「エパミノンダス」の作者でもあります。
タイルを動かせる「シャッハプラス」
Schach Pluss, 1986
この変則チェスではチェスボードのタイルが一枚ずつ分かれていて、まずセットアップフェーズで一定のルールに従ってタイルとコマをひとつずつ交互に置いていきます。ゲーム中、タイルはすべて縦横か斜めの接続でひとまとまりになっていなくてはならず、また市松模様のパターンは維持していなくてはなりません。
ゲームプレイは基本的に通常のチェスのルールに従いますが、コマを動かした後でボードの辺の部分にあるタイルを一枚、上記の制限のうちで好きな場所に移動させることができます。コマは「穴」の部分を飛び越えられないので、地形の変化をうまく使って相手を追い詰めたり、逆にチェックメイトを防いだりできそうです。(作者:Roland Siegers)
同様の発想の変則チェスにDavid Crockettによるビヨンドチェスがあり、こちらはポーンの場合のみタイルごと動かすことができます。
相手の能力を奪える「プランダーチェス」
PlunderChess, 1988
プランダーチェス(略奪チェス)は、捕獲した相手の移動能力を奪うことができる変則チェスです。相手のコマを捕獲すると、そのコマの種類に応じた「ベスト」を、捕獲に使用した自分のコマにかぶせることができます。「ベスト」を持っているコマは、自分の本来の移動能力に加えて、ベストの移動能力を1回だけ使うことができます。ベストは1つのコマにつき、1度に1つまでしか保持できません。またベストと同じ移動がもともと可能な場合にはベストを獲得しません。
通常のチェスと比べて「どのコマで相手のどのコマを獲るか」の選択に重み加えられる面白いヴァリアントです。公式ゲームアプリもリリースされています。(作者: Jeff Knight)
碁盤と碁石によるチェス「ゲス」
Gess, 1994
ゲスは碁 (Go) とチェス (Chess) のかばん語で、碁盤と碁石をつかってできる変則チェスです。このゲームでは、3×3のスペース内にある1つ以上の自分の石を一組のユニットとして扱います。ユニットの移動能力は3×3のスペースのどの位置に石があるかで決定され、外周部の8マスは移動できる方向、中央の1マスは石の有無により「突き当りまでの長距離移動ができるか(1)できないか(0)」を決定します。
したがって、例えばポーンなら「前方の行の中央に1つだけ」、クイーンなら「9つのマスすべてに石がある」で表されます。ナイトはありません。ユニット同士の境界は不定で、相手の石が混ざらない限りどの位置で区切ることができるので、通常のチェスには存在しない移動範囲のユニットも使うことができます。自分のキングにあたる形(中央のみ石なし)が盤上になくなると負けです。
きわめてユニークな発想ですが、実際に囲碁のセットでプレイしようとすると石の管理が難しく、コンピュータでのプレイのほうが向いています。作者はクレジットされていません。
駒をドッキングできるチェス「トロイア」
Troja, 1996
この変則チェスではコマがすべて互いに積み重ねられるようになっており、自分のコマのいるマスに別のコマを進めることで2つのコマをドッキングさせることができます。コマはキングを除くどのコマ同士でも、またいくつでも積み重ねることができますが、移動の方法は一番上のコマの種類によって決定されます。また移動の際は任意の高さで分割して移動することができます。ただし、相手に捕獲されるときは積み重ねたコマがまるごと捕獲されてしまいます。
移動能力の高いコマで複数のコマを運ぶことができるので、独特の戦略性がありそうです。(作者:Martin Arnold, Rita Merkwitz, Armin Müller)
1色の駒だけをつかう「モノクロームチェス」
Monochrome Chess, 1996
モノクロームチェスでは、2人のプレイヤーがどちらも同じ色のコマを使用します(上の写真では2色のコマで代用していますが)。つまりコマ自体には敵・味方の区別がなく、そのかわりにボードの手前半分にいるコマを味方のコマ、奥の半分にいるコマを敵のコマとして扱います。したがって敵のコマを捕獲するために移動させたコマは、次の相手のターンで常に敵のコマになってしまいます。
大中小の3サイズのピラミッド型のコマを使うゲームシステム「アイスハウス」の考案者アンドリュー・ルーニーによるデザインで、アイスハウスを用いるゲーム「マーシャン・チェス」をチェスセットで置き換えたゲームです。ボード上の位置で敵味方が変わるメカニクスは、別の記事でも紹介したギュゲースに似ています。
駒とボードが一体化した「タイルチェス」
Tile Chess, 1999
シャッハプラスはタイルを動かせるチェスでしたが、タイルチェスはコマ自体がタイルになっています。ボードはなく、準備段階で卓上にひとつずつ、他のコマと縦横か斜めに隣接するようにタイルを置いていきます(キングを最後に置きます)。タイルの動きは通常のチェスのコマと同じですが、タイル全体は常に縦横ないし斜めでひとかたまりになっている必要があり、かたまりを分割するような移動や捕獲はできません。
ルールは後発の人気ゲーム ハイブに似ており、ハイブに影響を与えたのではないかという見解もあります。2人から6人まで遊べます。(作者:Jason Wittman)
積み重ねでコマの種類を表す「アブストラクトチェス」
Absract Chess, 2003
アブストラクトチェスは、チェス駒のかわりにディスクのスタック(重なり)を使ってコマの種類を表すチェスです。例えば1段のディスクはポーン、2段はナイト、6段はクイーンで、キングのみ印付きのディスクでスタックは作れません。通常のチェスのように移動や捕獲を行うほか、隣にいる自分のスタックへディスクを移動させて2つのコマの種類を変更することができます。(作者:João Pedro Neto)
ヘンリク・モラスト作のメラーノ (Merano, 2009) は同様の発想の変則チェスですが、相手を捕獲するかわりに、相手のスタックの上に自分のスタックを追加してそのスタックを支配します。6段以上になると「タワー」になり移動できなくなります。捕獲のたびにコマの種類が変わるのでプレイングはより複雑です。
ゲーム性はチェスとは離れますが、同様のスタックメカニクスを採用しているアブストラクトゲームにシックスメイキングがあります。
自軍をカスタマイズできる「シューロ」
Shuuro, 2008
シューロは「自軍をカスタマイズできるチェス」です。通常より大きい12×12のボードを使いますが、準備段階として、各自で使用するコマを「購入」します。能力ごとに値段が決められていて、合計が800に収まるようにします(またコマの種類ごとに上限があります)。これにより「クイーンが3体いるけどビショップがいない軍」などを作ることができます。
購入したコマは、配置フェーズで一定のルールにしたがって配置されます。また、ボードには障害物となるキューブを配置します。コマのうちナイトのみがキューブを飛び越えたり、その上に乗ることができます。通常ルールには隠蔽要素やランダム要素がありますが、公開情報のみでプレイするルールも用意されています。(作者:Alessio Cavatore)
10の軍隊をあやつる「ソヴリンチェス」
Sovereign Chess, 2012
「君主のチェス」あるいは「至高のチェス」を意味する変則チェスです。プレイヤーは通常のチェスと同じ16個ずつのコマを所持しますが、ボードは通常の倍の16×16マスで、ボードの周縁部に10色の駒がずらりと並べられています。ボードの中央部にこれらに対応した色付きのマスがあり、プレイヤーは自分のコマを色付きのマスに置くことで、マスと同じ色のコマを自軍としてコントロールできるようになります。
さらに支配下にあるコマを別の色のマスに置くことで、連鎖的に別の色のコマを支配できたり、プレイヤー自身の色(白か黒)から乗り換えて別の色の王を君主に据えることもできます。近年人気のあるチェスヴァリアントです。(作者:Mark Bates)
捕獲のないチェス「パツォ・シャコ」
Paco Ŝako, 2017
エスペラント語で「平和のチェス」を意味するパツォ・シャコは、テーマ性とユニークなメカニクスが合致した面白い変則チェスです。通常のチェスと異なり、このゲームでは相手のコマを排除することはありません。
コマはすべて優雅なカーブを描いた独特なかたちをしていて、同じマスに自分のコマと相手のコマが同居できるようになっています。同じマスにいる2つのコマは一組の〈ユニオン〉として、どちらのプレイヤーでも合わせて動かすことができます。ユニオンの移動範囲に別のユニオンがある場合は、ペアを変えることによって連鎖的に自分のコマを移動させていくことができます。相手のキングと自分のコマでユニオンを作ったほうが勝ちです。(作者:Felix Albers)
なお、パツォ・シャコについては珍ぬさんが紹介記事を書いておられます。
番外編・フェアリーチェスセット
Faerie Chess, 2019
冒頭に書いたように「フェアリーチェス」は変則チェスの総称なのですが、こちらはいわば「フェアリーチェスセット」で、通常のチェスボードと駒に加えて14種のオリジナル「フェアリー駒」が付属しています。一つの独立したゲームというよりはゲームシステムのようなもので、駒の動きは決まっているもののどのようなルールのもとに使うかはプレイヤーに任されているようです。
ランサー、タワー、ジェスター、ヘラルドといったオリジナルのフェアリー駒のデザインは見ているだけで楽しいですが、面白くなるかどうかは組み合わせ次第かもしれません。
リファレンス
・アブストラクトゲーム博物館
・Chess Variants Pages
・BoardGameGeek