戻れる場所はありますか?
先日とあるLINEをいただいたことで、原体験の一つを思い出した。
私がフリーランスとして歩み出したばかりの頃、
“コーチング出来るようになりたいなら、まずは自分が受けることからだ”と思って、ご縁があってお願いしたコーチがいた。
その方は自分もまだ駆け出しだからと月に一回60分を500円という破格で提供してくれた。
本当にそれでいいの!?というくらい素晴らしいセッションばかりで、こんな風に出来るようになりたい✨と思ったし、私にとってはすごい大事な時間だった。
もうすぐ一年が経つという頃、「次回の予定は、、、」と言うと「ごめんなさい。私、コーチになるの辞めたんです」といきなりのサービス終了宣告だった。
今日はこのことを思い出して気づいたことを書いていきたいと思います!
こんにちは!Kanaです。
衝撃だった。
元々モニターの期限も決まってなかったし、いつまでこの価格でいつから正規の価格でやるかという話もちゃんとしてなかった。
ずっとこのままの価格で大丈夫なのかな?と心配して伝えたこともあったけど、
「まだ一人前になってないからこのままでいいです」と言われて、ご厚意に甘えていた。
「コーチになることを辞めた」と言われ、
「他にやりたい仕事が出来て、そちらを選ぶことにした」と理由を説明された。
当時はそうなのか、他にやりたいことが見つかったならしょうがない。と思うだけで、ただ「残念」という気持ちしかなかった。
相手は仕事なんだから仕方ない。
でも、あの感動を、あの素晴らしいセッションを、もう出来ないなんて寂しい。
依存していたわけではないが、確実に支えになっていたので「これからの私、大丈夫かな」と思った。
あれから私はコーチを付けていない。
起業に関して一時的に指導を受けたことはあるけど、継続的なコーチはいない。
今は自分がパートナーとなって働くからこそ、私にもパートナーのようなコーチの存在がいたら人生はもっと早く進むのだろうか、と思うこともある。
でも、正直言って
(私が今そこを悩んでいないからニーズが生まれないのもあるけど)
お願いしたい人がいない。
この話を思い出すきっかけをくれた方は、今やってるジャーナリングコミュニティ「我がままパーク」の前身である「せるふらぶ基地」時代に参加してくれていた方で、
ほぼ一年ぶりに「また瞑想会に参加したいんですけど…」と連絡をくださった。
そして、
と言ってくれたのだ。
せるふらぶ基地は2023年の11月に閉じている。
そこでジャーナリングコミュニティ自体を辞めるという選択肢もあった。
でも、自分がやりたかったのはもちろん、さっきの原体験となるエピソードがあったから「誰か一人でも必要だと言うなら、辞めない」という気持ちを持っていた。
今の我がままパークは決して人が多いわけじゃないけど、熱烈なファン状態のメンバーもいてくれるので
「この人たちが必要だという限りは人数関係なく続けよう」と思っている。
そして、続けていたからこそ、今回「戻りたい」と言ってくれた方がいる。
フリーランスの初期に感じたあれこれが、当時は意味がわかっていなかったし、今の自分へどんな影響を与えているかも考えてなかったけど、
じっくり向き合ってみると「あの体験があったから、今こういうサービスしてるんだな」とか「あの思いが影響して、こういう行動するんだな」と思うことがたくさん出てくる。
人生に無駄なことって本当に一つもない。
全て今の自分を作る物語に必要な構成要素で、どれが欠けても「わたしの物語」では無くなってしまうんだと思う。
これからも私は物語紡ぎながら、「帰れる場所」として活動を続けていきたいと決意を新たにした。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今日の話があなたにとってお役に立てれば嬉しいです❤️
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