坑夫人形は父だったのか? — 小砂川チト『家庭用安心坑夫』読書会
初読の感想
「なんかよくわかんないと思いながら読んで、よくわかんないと思って終わって、ただ面白かったのだろうなという曖昧な感情がありました」
「わたし面白かったです! なんかスパッと終わった感じがしたな」
「雰囲気は統一されてるんですけど、ジャンルが二個あったなと思った」
「小波とツトムの二つのパート?」
「もあるし、小波の語りだけ見ても、幻想世界っぽいところと小波の過去が明かされて行くところのトーンが違う割に入り混じってるなというか」
「なるほど。ツトムのパートに言及すると、ツトムパートの方が推進力があったと感じた。物語をしているというか」
「ここは普通の小説ですよね」
小説のあらすじ、言えるかな?
「今日はこの小説のあらすじを言う大会をしてみたいと思って。この小説って、読んだ時に同じものを読んでいるんだけどみんなそれぞれに違う印象を受けて違うものを読んでいるみたいな感覚になってるんじゃないかなと思って。それは解釈とかじゃなくて、想起してる場面がそもそも違うんじゃないかと思ったんです。だからあらすじを言う大会をしたらどうなるんだろうなと」
「難しいなあ〜」
「記憶が曖昧かも……」
「えーじゃあわたしから。三越の百貨店の柱に、実家にあったけろけろけろっぴのシールが貼ってあるのを見つけて、その日からツトムのことを見かけるようになる。ツトムは、幼少期に母から『これがあなたの父親なんだよ』と言われていた、なんか資料館みたいなところにある坑夫の人形。で、その坑夫の人形を誘拐して、家に並べて鍋パをやる話」
「最後の超展開やばいな」
「なに、なに言ってるんだ? でも大体そう……」
「話の流れを追っていったら、認知症の父親がいたのだろうことを全部取り落として終わってしまいました」
「この物語の中でなにが重要なのかを取捨選択するのが難しいですよね」
「まず、ツトムが大事だと思う」
「うん。で、父親? 小波はツトムを父親だと思っている。あとけろけろけろっぴ。けろけろけろっぴのシールが象徴してるのは実家ノスタルジーだと思うんです。ここは読者への歩み寄りを感じる。だから、ツトム父親けろけろけろっぴは実家で包括されると思って読んでました」
ツトムへの感情
「では次」
「はい。えー、百貨店の像の台座に、自分が昔実家の柱に貼ったけろけろけろっぴのシールが貼ってあるのを見つけた主人公・小波。小波は、それをおかしいなと思って、それ以来、母に小さい頃『これが父親だよ』って言われていた坑夫の人形が自分の生活のいろんなところに現れるようになる。めちゃくちゃ焦って、それに苛立って、そして負い目を感じて、父であるツトムに謝りに行きたいと思い、実家に行く」
「ああ、そっかそうだった。焦ってた」
「実家に帰って、ツトムにものすごく執着して。最終的に……本当に住みだしてパーティーをする。老人と。はい、そういう話です」
「パチパチ」
「ところで、なんでこの人はツトムにこんなに執着して、ツトムのことを追いかけに行くんだっけ?」
「なんか最初は、怖がってませんでした?」
「そうでしたっけ?」
「ツトムを目にした時の身体の表現とか、動悸がしてとか。怖がってる人の体の動きがあったような気がします。怖がったり苛立ったりしてる印象をすごく感じました」
「へえー。わたしは、ツトムがいることが怖いとかではなくて、あるはずのないものがそこに急に出てきて、驚いているという印象を受けてたかな」
「でも、改めて読み返してみると、見つけて訝しがって困惑して、若干の恐怖みたいな感情も入り混じり、そしてツトムにめっちゃ怒ってますよね。『今更私と母さん何十年もほったらかしといて、本当どのツラ下げて』みたいな。父に怒ってますよね。父というか、ツトムというか」
「あ〜だから、ここで小波自身が混同しているからツトムへの感情として記憶してなかったかも。小波ちゃんがヤベーの描写だと思ってたから」
父を赦す話なのか?
「では最後。えー。団地に夫と住んでる専業主婦の女性がいて。その人は夫の同僚に仕事をしてないことがバレることを怖がっていて、ある日けろけろけろっぴのシールを三越百貨店で見つけて、『あれ、実家のやつじゃん』ってなる。で、テレビとかでツトムがいるぜってなる。ツトムっていうのはこの人の父なんだけど、実は、マインランドなんたらという廃鉱山を転用したテーマパークの、坑夫を模したマネキン人形である。でも、小波はツトムに父を重ねて見ていて、父は本当は何十年も家に帰ってこなくて、母はそんな父を娘に説明するときには『ツトムが父親だよ』って言っていて、世間に説明するときには『遠くで働いている』と言っていた。で、何十年も帰ってこない父に対しての怒りが小波にはあって、夫に『ツトムを迎えに行きたい』と言うと、夫には『義理のお父さんは、君に介護をさせて、やっとそれが終わったところじゃないか』と言われる。でも、小波は行くんじゃ!ってなって、ツトムを盗み出して、ええーと、老人、カッコ本当の義理の父なのかよく分からない人カッコトジル、と鍋パをする。はい。で、ツトムをそこに置いて帰るが、小波も夫のことを忘れているため、小波の帰る場所もなくなっていたのだった。終わり」
「終わり〜」
「ああ、コロナ禍っていうのもひとつあるんですよね」
「コロナ禍! そうか、夫がリモートワークだから家にいても同僚に自分の存在がばれちゃいけないみたいなこと思うんでしたっけ」
「そうそう。でも、コロナ禍で不安定になった女性の話って感じに読むのも違う気がする……」
「うん。で、じゃあこれは『父を赦す』話なのかというと、そうでもない気もする」
「ラストで鍋パをする理由?」
「うーん。自分が父にされたのと同じようにツトムを実家らしき場所に置き去りにしてやらねばならなかった、みたいなのって、表面的には父を赦す物語なのかな?と一瞬思うが、にしてはこの人も最終的に夫のことを思い出せなくなって、団地を失ってる? 団地に置き去りにされる? なんか最後ちょっとわかんないですが、そうなっているから」
「よくわからないうちに小波がやばい破滅をして終わったような気がする」
「これが破滅なのかもよくわからない」
「わたし、半分寝ながらギリシャ神話の悲劇見たような気分でした」
「なんで彼らは鍋パをするんですか?」
「鍋が家庭の団らんの象徴だから」
「それっぽいこと言うな〜」
「ただ感じたのは、小波ちゃんにとって鍋パはすごくいいものなんだろうな」
「切ないなあ」
「すごい衝動的ですよね。全部が。その衝動の一つに、鍋パもある」
ツトムは父なのか?
「なんで最後、ツトムはオムツ履いてたんだろう?」
「え、介護してたからでしょう?」
「小波がツトムにわざわざ履かせたってこと?」
「どこで履かせてましたっけ?」
「いや、履かせてるシーンは出てこないけど、気づいたら履いてたから、まあ小波ちゃんが履かせたんだろうと。とすると、ツトムが食卓のところに立って、オムツ履いて、そして小波ちゃんに捨てられるっていうのは……小波ちゃんの中での景色っていう取り方もできるのかなって」
「これはすごく父ですよね」
「うん、父……じゃあ老人は……?」
「他人? ガチの他人が紛れ込んでるってこと?」
「わたし、なんか謎の老人くらいの感じで読んじゃってました」
「わたしはこの小説を現実的に読むことを諦めていたので、抽象だと思って読んでたんです。だから、ツトムはオムツ履くか〜お父さんだしと思って。けど、確かに現実の軸で読んでいくと、もしかしたら『本当のお父さんは死んでいない』説もある?」
「介護が『終わった』というだけで、死んだとは書かれてないですからね。あのワゴンが介護施設のワゴンで、最後の鍋パ会場は実家かも」
「だから、さっきの『なんで最後、ツトムはオムツ履いてたんだろう?』は、『小波ちゃんはなんでツトムにオムツを履かせなきゃいけなかったのか?』に近いかも」
「あ、小波ちゃんがツトムを捨てるときに。それはーだって、それがこの子にとっての父へのある種の復讐みたいなものだったから?」
「じゃあ、あの老人は結局老人でしかなかったってこと? 他人? 鍋パwith坑夫を他人の家でやってたの?」
「いや、感覚としては、お父さんがふたりいるんだと思うんですよ」
「えっ、はあ」
「ずっと帰ってこなかった父の代わりだったツトムと、介護をしていた実のお父さんがいて、幼少期の父と鍋パをするためには、ツトムにお父さんになってもらわなきゃいけないから、ツトムにもオムツを履かせる。小波の中でお父さんは服薬指導をして、オムツを履かせていて、食事の介助をしていた人なわけですよ。だから、ツトムにお父さんになってもらうにはツトムにもオムツを履いてもらわなきゃいけない」
「はえ〜」
「わたしは抽象で読んでたので、ある種、老人もお父さんなんだろうなと思ってました。それは実際どうかは置いといて」
「わたしもそうかも。なんか、ぐちゃぐちゃになっていってるのかなって感じで読んでました」
「小説全体がパワーで押してる感じがするから、最後もパワーだな〜以外考えてなかった」
「このパワーが欲しいと思いました」
「欲しい欲しい」
「パワー欲しい。これはずるい。ずるだよ、ずるずるずる」
「やっぱりパワーですべては解決されるからね」
力こそパワー
「これが『最近の純文学新人小説』として評価されてるのがめちゃくちゃ嬉しい。もっとこういう小説読みたいし、自分も書きたい」
「わかるー。最近、社会問題を扱った小説多くてあんまり肌に合わないんですよね」
「ということで、類書を教えてください」
「ええー。難しい」
「同じ質感で面白いと思ったら、あのー、今村夏子とか村田沙耶香とかくらいまで同じだと判断していい」
「うーん、円城塔? 円城塔の本って、読んだはずなのに、なにを読んだかも、どんな話だったかも全部覚えてないから」
「あ、藤野可織。『おはなしして子ちゃん』とか」
「ああ、『爪と目』とか? ちょっと近いかも」
「中島らもの『頭の中がカユいんだ』はどうですか?」
「あー、でも、らもさんのほうが不気味じゃない気がする」
「谷山浩子『アマゾンで変なもの売ってる』とか。成人済みの双子がアマゾンで変なもん買って、変な世界に行って、変なことに巻き込まれて、最終的に双子の片方が水道水になっていなくなります」
「なに言ってるんだ?」
「だって本当なんだもん〜」
「いいですね」
「いいですね」
「でも、そういう不思議さを求めているわけではない! こう……コンビニ人間の亜種みたいな小説っていくつかあると思うんですけど、主人公の起こす行動は普通、みたいなのがあまり好きじゃなくて。でも、この小説は変な主人公が変な行動をちゃんと起こし続けるから好きだったんです。力こそパワーな小説がもっと読みたい!」
「ああ、なるほど」
「だから、作者と友達になりたいと思いました」
「お、読書会の前に話していた『作家の友達を増やしたい』の話だ」
「作家の友達を増やしたいし、類書があれば知りたいです! あと『猿の戴冠式』もめちゃくちゃおもしろかった! 今年ベストかも」
「出版パーティーに潜り込んで友達になってくれって言うしかないですよ」
「ひえ〜」