珈琲の読書録「伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く」トラヴィス・バルドリー
仕事を辞めて喫茶店でもやりたいな、歴戦の屈強な傭兵がそんな夢を描くことから物語は始まります。
傭兵稼業から足を洗った主人公のヴィクは、魔術棒に導かれてテューネの街にやってきます。棒が示した場所はボロボロの元貸馬屋の厩でした。ここからヴィクの新たな人生が始まります。
舞台はさまざまな妖精たちが暮らす剣と魔法の世界です。中世ヨーロッパのようですが、インフラには困らず、必要なものは通販で届いたりもします。あまり細かいことは気にしなくていいファンタジー世界です。
厩を改装した店に集まってきたのは変わり者ばかりでした。店の工事を頼んだ相手は職人気質の船大工カル。求人広告に応募してきた店員はサキュバスの美女タンドリ。サキュバスといえば男性を誘惑する淫魔ですが、タンドリにそんなことを言おうものならものすごい目でにらまれます。コーヒーの香りにつられてやってきたラットキン(小鼠人)のシンブルはパン職人でした。彼が作るシナモンロールは店の看板メニューになりました。集まってくる客も個性豊かでどこか憎めない変わり者ばかり。店には時に困難も訪れますが、みんなで力を合わせて乗り越えていきます。はみ出しものにも居場所がある優しい世界。疲れた時に浸るのにちょうどいい夢です。
ふんわりと気持ちがいい夢の底に、ひとつの問いが横たわっています。血まみれの傭兵が喫茶店を夢見ていたり、サキュバスが淫魔ではなかったり、多くの登場人物がファンタジーの定石を外した設定を与えられています。無意識のうちに誰かのあり方を決めつけていないか、そのせいで誰かを傷つけていないか。現実からもファンタジーからも外れた変わり者を認め合う、和やかな世界が問いかけてきます。
コーヒーについても異文化です。日本人が書いたらこうはなりません。私だったらどうしよう。サイフォンでも置こうかな。