荻原駿『正解は、コーヒーに訊け。』
「あの、昨日見せてもらった二級品のコーヒーはありますか?」
荻原駿 著. 正解は、コーヒーに訊け。, 三才ブックス, 2024-10-26.
概要
学生時代に当時最年少でアラビカコーヒーのQグレーダーを取得し、専門商社勤務を経て焙煎士となった20代の著者が自らのコーヒー遍歴を綴ったエッセイ。
正解がないと言われる世界に敢えて自分なりの正解を提示する。
業界地図や競技会など、この種の本には珍しいトピックが多い。
美味しいコーヒーの淹れ方情報はあまりない。
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発売はこれから。発売されました。
ポイント
ブラックで飲むのが通だとか、産地にこだわるのがかっこいいとか、なんとなくそういうものだと思っていることを全部壊しにくる。
構成力とエピソードの強さで読ませる。注釈も丁寧。
素材選びやアプローチに人が書かないことを書こうとする意思が感じられる。逆張りで終わらない思考の強度がある。
若者の切れ味とプロの見識が両立する今しか書けない本。
内容について
目を引くエピソードはいくつもあるが、全体を象徴するのは日常の一コマを描いた第1章の1だろう。雑に要約するとこうなる。
休日に友達がやっているカフェに行った。平日は仕事でよくコーヒーを飲むのでレモネードばかり頼んでいたけれど、改めて見るとメニューが色々あってどれも美味そうだった。ビスコッティが目について、食べたらすごく堅かった。友達のおすすめどおりカフェラテに浸したら美味かった。きれいなラテアートをビスコッティで崩す背徳感もよかった。
著者は焙煎士、「友達」は人気店のオーナーバリスタ。「レモネードでいい?」「ちょっと悩んでもいいですか」と抹茶ラテやジェラコン(1)に目移りしながらビスコッティを選び「だったらカフェラテがええよね」とオーダーを決める。
そこに気負いは微塵もない。コーヒーに正解はあると著者は言う。状況に、ニーズに、場にはまっているか。技巧を凝らした最高の一杯が最適解とは限らない。インスタントでも、二級品でも、はまればそれが正解になる。
とはいえ通っぽいかっこいいオーダーがしたいなあ。
かっこいいオーダーには役立たないが、ニッチなうんちくならざくざく出てくる。茶道趣味の聖地のような京都・大徳寺でターキッシュコーヒーに相好を崩す和尚さんの様子が可愛らしい。コーヒーに関わる職業と企業の位置付けを図解した業界地図も見ものだ。コーヒーを仕事にしたい学生にも役立つだろう。
著者はコーヒー系YouTube界隈での有名人である。WAKO COFFEE公式チャンネルの担当者という位置付けだが、自社のPRはごくわずかで、コーヒーについて何時間でも語っている。いくら聴いても話題は尽きない。あれだけ話すことがたまっていれば、本一冊くらいは埋まるだろう。伝えたいことが溢れ出る人間は強い。
全体の印象は荒削りで、文章は装飾過剰で手垢のついた表現が目立つ。特に傍点(﹅)の使い方はいただけない。強調点として使われるものだが悪目立ちし、静かな語りのトーンを壊す。
とはいえ通じにくさは構成の上手さが補っている。荒っぽいが興味深い。
(1) Red Stone Cofeeの夏季限定メニュー。ジェラートにエスプレッソをかけたジェラート・コン・カフェのバリエーション。
https://www.redstonecoffee.jp/menu?lightbox=dataItem-jtx49hjl