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黒塚 1/8(短編小説)

 ※山岸涼子先生の短編マンガに触発されて、思いついたものです。冒頭のシーンは同じですが、登場人物や後の展開はオリジナルです。

                      

 辺りから明かりが消えた。後ろを向いて振り仰ぐと、駅の蛍光灯が一斉に消えたところだった。わずかな光の残滓によって、かろうじて「M駅」の文字が読み取れたが、それもすぐに見えなくなった。

「あーあ……どうしよう」

 静子はため息を吐いた。M駅は、都心と郊外の住宅地を結ぶ路線にある小さな駅で、近くには朝まで時間を潰せるような場所はない。静子は普段、あまり遅くならないように気をつけているのだが、今日は職場の飲み会でつい終電になってしまった。車両の倉庫があるため、終電はこのM駅止まりなのだ。

 改札付近には、静子と同じように途方にくれている人たちがいる。

「お客さん、乗るの? 乗らないの?」

 近くで声がした。驚いて声のしたほうを見ると、バスの運転手がハンドルを握りながらこちらを見下ろしていて、目の前で、バスのドアが大きく開かれている。どうやらいつの間にか、列に並んでいたらしい。

 少し迷った後に、「すみません、いいです」と言い、列から外れた。

「乗らないの? あ、そう」

 と帽子を目深に被った運転手が言った。

 静子はバスの窓を見上げた。暗くてよく見えないが、中にはすでに何人かの人が乗っているようだ。バスは静かに走り去っていった。少し惜しい気もしたが、行き先を確認していない。乗り間違えたら大変だ。 

 周囲を見回すと、何人かでタクシーに相乗りしていく姿が見える。静子には、それは少し不思議に思えた。若い女性や中年男性が、平気で一緒に、同じ車に乗り込んでいくのだ。

「みんな普通のときだったら、声をかけられただけでも不審に思うでしょうに……こういう場所だと平気なのかしら」

 そう思ったとき、「あの」と後ろから声がした。振り向くと、ボロボロのジーンズとTシャツ姿の青年が立っていた。学生だろうか。青年は、「一緒に乗りませんか」と言った。一瞬迷ったが、断った。青年は残念そうに、そうですか、と言って去っていった。

 やはり少し惜しい気がしたが、知らない人と相乗りする気にはなれない。それにどうせ、静子の家はM駅の一つ隣なのだ。歩いてもたいした距離ではない。

「仕方ないから、歩こう」

 スカートにヒールという会社に行くときのいつものスタイルで、歩きやすい格好ではなかったが、やむを得ない。

「線路に沿って歩けばいいし。そんなにかからないよね……」

 誰にともなくそう言うと、街灯の白い明かりを頼りに、静子は歩き出した。

 辺りには誰もいなかった。カッカッカッ、という自分の足音だけが、闇の中に響き渡る。びゅうと冷たい風が吹き抜けていった。静子は、両手で身体を包み込むようにした。

「寒い……まだコートはいらない、と思ったんだけど」

 街灯のおかげで足元は見えるが、その白い光の輪の外は、闇に包まれていてよく見えない。街灯の光を一つ一つ辿っていくように、歩を進めた。

 ~ つづく ~

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