見出し画像

読書感想文 「感情と看護」

人生において、人と人との関わりから学ぶことも大いにあるが、
一冊の本との出会いが、自身の感情と向き合い、意味づけ、よりよく生きるための指針になることもある。


本書について語る上でのエピソードがある。
病棟にいた時のことである。
様々な場面でやりきれない思いを抱え、気が狂いそうになることもあった。

施設とちがい、病院は治療をする場所であるため、
治療が最優先となる。
絶飲食が必要であれば24時間の持続点滴
床上安静が必要であれば排泄も当然ベッド上
普通の人ですらそんな生活を強いられたらいくら治療とはいえ、必要だとわかっていても、途方もなくやりきれない。
たとえばそれが認知症の方であったら…
想像に難くない。


現に様々な現場に遭遇してきた
刺しても刺しても抜かれる点滴
抜かれた点滴の中身はシーツへ全吸収
点滴が入っていた腕もシーツも血まみれ
オムツは床に投げ捨てられ
シーツも衣類も排泄物まみれ
治療の必要性など当の本人には理解できない


なぜ自分はこんなところにいるのか
なぜごはんを食べさせてもらえないのか
なぜトイレへ行けないのか
この腕についている管は何なのか
なぜこんなゴワゴワしたものをあてがわれているのか
家に帰りたい
帰ろうと思って着替えていたら怒られる
自分の家に帰るのになぜ怒られるのか


なぜ?なぜ??なぜ???


誰も教えてくれない


ちょっと大声を出しただけなのに
やめてほしいから叫んだのに
薬を飲まされ
あとはわからない
気づいたらベッドの上で手足をしばられ動けない
手にはミトン これじゃものもつかめない
上下がつながった変な服を着せられている
脱ぎたいのに脱げない


なぜなのか、さっぱりわからない


私もなぜなのかわからない
治療のため、安全のため、やむを得ないのはわかっている
自分は何をやっているんだろうか
「人が嫌がることをやってはいけない」
という幼き頃の教えの意味を自問自答する

他に方法がないのだ
他にも看なければならない人がたくさんいる
ごめんね、ごめんねと言いながらまたベッドに拘束する


今でも忘れられない光景が脳裏にやきついている


いわゆる不穏状態で身の置きどころがなく落ち着きがない認知症の方であった
ベッドに臥床していることもできない
オムツは外され床に落ちている
ベッドから落ちて転落の危険もある
困った挙げ句ベッドを撤去し
床にゴザとマットレスを敷いた
上下つなぎの服を着せた
ベッドから転落する危険はなくなった
オムツを外されることもなくなった
これで少しは落ち着いて過ごせるだろうなどという考えは甘かった


検温のため個室の扉を開けて入ると
全裸で
マットレスではなく
床に寝転がる姿が
鍵がついていて自分では脱げないはずの衣類は脱げて丸められている
外されたオムツ
あたり一面排泄物の匂いが充満している


ショックだった
しばし立ちつくしていたように思う


でも、それもつかの間
早くなんとかしなければと
衣類を着せ、部屋を掃除する


いったい何をしているんだろう
自分ですらよくわからない
やりきれないどうしようもない気持ちを抱えながらも
ほかにもやるべきことは山のようにある


こんな途方も無い思いになることもしばしばあった。

(今では身体拘束、行動制限については慎重な検討がなされ、家族の同意を得て、署名をいただき、毎日の看護記録の中で拘束を解除するか継続するかの評価を行うようになっている。しかしながらそれ以前はきちんとマニュアル化されておらず、評価も曖昧、漠然としており、漫然と行っている現状もあった。)


そんな自分の感情に気づいていながらも
どう向き合って
どう処理してよいかわからぬまま
悶々とした日々を送っていた時に出会った本が
「感情と看護 人とのかかわりを職業とすることの意味」
である。
以下冒頭部分を引用する。

労働条件の厳しさ、人手不足、交代勤務のつらさなど、誰の目にも明らかな問題以上に、看護師を悩ませている問題がある。それは看護師自身が日々体験している感情の問題である。みずからの感情を語ることは「恥」をさらすようであり、くだらなく思えるかもしれない。けれども、それをくだらないと感じることから問題にしなければならない。医療事故や看護師による犯罪にしても、その裏側には、軽んじられ、無視されてきた感情が、語られないままに渦巻いているのではないか。


この本に出会った時、まさに、私が感じていること、考えていることはこれだ!と夢中になって読んだことを覚えている。あちこちがふせんだらけである。あの当時はまだ若く、この「感情と看護」の問題についてもっと深く勉強したい、と思い大学院へ進む道も考え、実際に母校の恩師に相談したり、受験勉強に取りかかろうとしていた。


結果的には紆余曲折あり、進学には至らなかった。
進学していたらと考えなくもないのだが、あれから10年余りを経た今となっては、これでよかったのだと納得している部分もある。


自分の感情と向き合い、それを表出することは恥ずかしいことではない、
仕方がない、途方もないと思えることでも考えることに意味がある、

そんなふうにして背中を押されたのはこの本のおかげである。


本書は看護師にスポットを当ててはいるが、
看護師に限らず、対人サービスに携わる人々、
人とのかかわりを職業とする人々すべてに当てはまることが語られている。また、「介護」という観点から見ても、誰しも、いつかは誰かを世話し、介護する立場にたつ可能性があることをふまえれば、今まさにそのような状況にある人はもちろん、これからその可能性があるすべての人にとって有益な内容ではないか、
なにかしらのヒントになるのではないか、と思う。


自身にとっては看護の「基本」に立ち返る「教科書」のような本である。


悩んだり、迷ったりしたら
「基本」にかえる
その姿勢を今後も忘れずにいたい。

「感情と看護 人とのかかわりを職業とすることの意味」
 武井 麻子 著
















この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?