ドメニコ・スカルラッティの『Essercizi per gravicembalo』(1738)の最後を飾るソナタ K. 30 は、ほとんど黒鍵ばかりを使った奇矯な主題のフーガで、《猫のフーガ》として知られています。
ベルリン州立図書館所蔵の「疑わしい自筆譜」とされる、このフーガの手稿は、ペダルの指示などが見られるためオルガン用の楽譜であるようです。確かに終盤のオルゲルプンクトなどを鑑みれば、本質的にオルガン向きの曲ではあります。
この曲を《猫のフーガ》と誰が最初に呼んだのかは分かりませんが、現存最古の例は、ムツィオ・クレメンティの『Selection of Practical Harmony』(1802)です。
「有名な猫のフーガ(the celebrated CAT'S FUGUE)」とあることから、この時点で既に広く知られた通称であったようです。
初の本格的な全集出版となるカール・ツェルニー編集の《ドメニコ・スカルラッティ:ピアノフォルテ作品全集》(1838)でも "Die Katzen_Fuge" とされています。
《猫のフーガ》は、フランツ・リストが好んで演奏会に取り上げたこともあり、19世紀においては最も知られたスカルラッティ作品になりました。ちっともスカルラッティらしい曲ではないのですけれどね。
そもそも何故この曲が《猫のフーガ》と呼ばれるようになったのかという由来について、私の見つけられた最古のものは、Charles Child Spencer『A Rudimentary and Practical Treatise on Music』(1850)の記述です。
この伝説は現在まで果てしなく再話されているわけですが、このスカルラッティの猫について、どういうわけか名前を「プルチネッラ」とするものをしばしば見かけるのです。
起源を調べてみたのですが、1996年出版の Desmond Morris『Cat world』という本より遡ることが出来ませんでした。
寡聞にして私はスカルラッティがこんなことを書いたものを知りません。
追記
もう少しだけ遡ることが出来ました。
フランス語の原著 "Histoire secrète du chat" は1993年出版。