【詩】ヴァレンタイン
鋭角三角形みたいな冷気が二粒あわさってできた星が、オリオン座みたいに結び合わされて、結び目がどんどんふえていって、固くなって出来上がった包丁が、夜空の表面を撫でる。夜空を覆っていた鱗が飛び散る。それは必殺・降鱗流星斬になって僕に襲いかかる。それは一瞬の光の奔流だった。皮が裂け肉の断面が見えていても、僕から血は流れていなかった。夜よりも、自分は人間じゃないんじゃないか、ということの方がこわかった。
名前が付けられていれば、知っていた気持ちもあったと思うから、僕がいま泣くことしかできないのは、3408ページに収まった辞書のせいだ。鱗が檻を叩く音で、部屋が揺れる。揺れ続ける鳩尾の裏側の不快感を、感じなくさせるために、自分を死なせた。自殺する勇気もない僕には、死なせることしかできなかった。
死の中で夢を見るのは、微糖コーヒーに潜っていくのに似ていた。僕はカメラといえばスマホの世代だから、夢はセピア色をしていなくて、啓蟄くらい鮮明で、梅雨みたいに腐り落ちそうな生々しさがあった。息苦しい闇。粘度の高い空気。なんどもなんども、何度もシャベルを突きさして、ようやく噴き出た血。そこは希望の光というより、絶望の終わり、という風景だった。
これでもまだ、チョコは血を固めてつくっていないと思いますか?