見出し画像

【小説】お前に花は似合わねぇ!

久々に親友宅で飲んだ。互いに酔ってきた頃だったか、親友は爆弾を落とした。
「結婚しようと思うんだ。」
氷は溶けた、グラスは濡れている。リビングに飾られたドライフラワーがちょっとだけ湿り気を帯びているような気がした。
親友が結婚すると言ったら、人は「おめでとう」と祝福するだろう。だから僕は、おめでとうと言った。酒に酔って気持ち悪そうに眠る親友には聞こえていないだろう。

親友からは、よく彼女との惚気話を聞かされていた。初デート場所は、カフェ併設の花屋らしい。花屋を営んでいる僕に、よく別の花屋の話をしたもんだ。最近は、カフェ兼花屋の店が多く、ドライフラワーやハーバリウムを作るワークショップが開かれている。壁にかかっている、あのドライフラワーは彼女が制作したものらしい。僕はあまり、ドライフラワーが好きではない。

寿命を全うした花たちを、人間のエゴで残している。例えるなら、剥製。命を奪って作っているわけではないけれど、美しい外側だけ残そうとしているのが好きではない。かといって、僕も売れ残って枯れた花は捨てられず、スワッグになった花たちが部屋の壁にかかっている。出荷されても誰にも見つけられなかった花たちが、どこか僕と似ているような気がしているからだろう。

薄くなったアルコールを飲んで、中途半端に残っていた酒のつまみを完食し、親友をベッドに運んでから、僕はリビングのソファで眠る。きっと明日、婚姻届に見届け人のサインを書かなければならないのだろう。そうなれば、こんな風にどっちかの家で、寝るまで飲むなんてことはできなくなるのだろう。親友が結婚するということはそういうことだ。

今日は2人の結婚式だ。ドレスコードは、オレンジ色の何かを身につけること。親友が爆弾を落として、すぐに寝た次の朝、案の定婚姻届の見届け人サインを書かされた。断って困らせてやろうかとも思ったが、2人の親よりも先にお願いされたもんだから調子に乗ってサインしてしまった。後悔はしていない。誓いのキスで、2人の影が重なる。新婦に結婚指輪をはめる、親友の手は緊張のせいか震えている。そういえば、高校の時仲間内でババ抜きをした時、最後まで残ってどっちを引くか震えていたなぁ。神父は淡々と式を進める。新婦の父親は、娘の晴れ姿に涙を流していた。

厳粛な式は終わり、披露宴が始まった。僕は、新郎の友人代表として挨拶をする。当たり障りのない言葉と、僕しか知らないであろう意外な側面などを話した。親友は、花よりも食い気だと思いますがなんて冗談を言ったりした。
「最後に、ビジネスもありますが新郎の親友として会場の花、全てを用意させていただきました。お2人に合った花としてブルースターを散りばめております。花言葉は『信じ合う心』。幸せになれよ!」
親友は、驚いた顔をしていた。まさか、自分の結婚式の花に僕の花屋が協力しているなんて思いもしなかったのだろう。これは、僕からのお祝いの気持ちだ。この気持ちに偽りはない。

だけど、これだけは言っておきたい。
「お前に花は似合わねぇ!」
アイビーばかりを寄せ植えた、ベビーロマンチカの花籠を2人に渡した。

スピーチが終わると僕に話しかけてくる新婦の友人らしい人たちが何人かいた。連絡先を聞いてくるので、結婚式の花は僕の花屋にお願いしますと、営業スマイルで答えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?