読書感想文~「シェエラザード」
少し前から、千世さんにおすすめしたいと思っていた作品が、シェエラザードです。
……と思いましたが、やはり読んでいらっしゃったご様子です。さすが千世さん(笑)。
浅田次郎作品とのファーストコンタクト
私が浅田次郎という作家を知ったのは、大学時代の友人からの「おすすめ」がきっかけです。それも、多くの人が辿ってきたであろう「歴史モノ」からではなく、エッセイからという変わった出会いでした。
ですが、その後「蒼穹の昴」を購入して浅田氏の作品にハマっていく中で、一つの見覚えのある作品に出会います。それが、「シェエラザード」でした。
「見覚えのある」というのは、かつて福島民報に連載されていた際に、毎朝読んでいたからです。
手元にある文庫本の奥付を見ると、平成8年からほぼ1年間各紙で連載されていたとのこと。当時私は高校生で、しかもまだこの頃の浅田氏は、大作家……と言われるほどではなかったと記憶しています。それでも欠かさず読んでいたのですから、浅田氏の作品のストーリーテーリングの才能は、やはりずば抜けていたのでしょう。
女子高生が読む作品にしては、渋い趣味だったと思いますが(笑)。
本編
さて、作品そのものについての感想文です。
冒頭は、主人公である軽部と相棒の日比野のところに、正体不明の中国人「宋英明」がサルベージの話を持ちかけてくるところから、始まります。
「沈んだ船に謎のお宝が積まれていた」という埋蔵金伝説は、割と都市伝説としてはよく聞く話ではないでしょうか。一例としては、幕末の開陽丸が有名ですね。
ですが、浅田氏の構成が巧みなのは、ただの「埋蔵金」伝説として片付けていないところです。
宋が引き上げようと計画しているのは、「弥勒丸」。かつて病院船として活躍し、ある密命を受けてシンガポールに向かうことになっていた船でした。
うって変わって、時は昭和20年3月に飛びます。
この頃の日本は既に敗色が濃厚で、海外でも撤退を余儀なくされていた時期だったのではないでしょうか。そんな中で、パッセンジャーシップを派遣するというのですから、驚きます。
ドイツ語などを勉強された方はご存知かもしれませんが、「船」というのは、多くの国では「女性名詞」です。特に弥勒丸は元を正せば「客船」でしたから、森田船長を始め、弥勒丸の船員たちは皆、弥勒丸を「彼女」と呼ぶのが印象的でした。
そんな彼女を守ろうとする男たちの中に、バリバリの武官として乗り込んだのが、海軍士官である正木と少佐である堀です。出港当初は警戒されていた二人でしたが、「白系ロシア」の亡命者である少女(ターニャ)の保護をきっかけに、船員らと共に一丸となって、彼女を無事に逃がそうということで意見の一致をみました。
(※この頃の国際情勢下では、ソ連(現ロシア)と日本とは不可侵協定を結んでいました)
ですが、寄港地であるシンガポールで待ち受けていたのは、巨額の富。それを弥勒丸に積み込むように指示されていたのが、小笠原機関のメンバーたちでした。
その財宝を守ろうとして、軍部は犯してはならない人道上の罪を犯すのですが――。
……というのが、大まかな流れです。
東南アジアが舞台の戦時作品
物語の舞台となったシンガポールは私も訪れたことがあり(当時、既にこの作品を読んでいました)、スパイが暗躍したであろうアラブストリートやリトルインディアなどで、胸をときめかせたものです。
シンガポールは現代でも多民族国家なのですが、国際都市という名称がぴったりと嵌る街です。
余談ですが、戦時下の東南アジアを舞台にした作品というと、かつて「メナムの残照」の読書感想文も書いたことがあります。そのときにも感じたことですが、当時の日本軍・日本人が必ずしも「悪」とは言い切れない部分が、確かにありました。
弥勒丸の正体
弥勒丸は「誇り高き女性」。その正体が明らかになると、俄然意味を持ってくるのが、本作のヒロインである「久光律子」です。
浅田作品の中では珍しく?、割と近代的なバリキャリの女性なのですが、最後に彼女が下した決断が、同性としては憧れます。
男性が描く女性というと、大抵どこか「男が憧れる女性像」が反映されていることが多く、女性のずるさや強かさを描いている作品は少ないのですよね。好意的に捉えれば、「男性のロマンチズムが反映されたヒロインが多い」とも言えますが(笑)。
そんなヒロインが多い中で、この久光女史は、「あなたを愛し続ける必要はあるけれど、あなたのものになりたくない」と言い切ってみせる。その潔さが、新鮮でした。
リムスキー・コルサコフの名曲
さらに、この作品はNHKで特別ドラマとしても放送されたのですが、そのときのテーマ曲は、やはり「シェエラザード」。
ただし使われているメロディを探し当てるのが結構難しくて、第二楽章「カランダール王子の物語」と特定したのは、随分経ってからでした。
フィギュアスケートなどでは第3楽章《若い王子と王女》や、第4楽章《バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲》が使われることが多いのですが、私が印象に残ったのは、やはり物悲しさを感じさせるヴァイオリンソロから始まる、この曲でした。
なんというか、とにかく切ない。ですが、誇り高い彼女に相応しい曲として、たまに私もBGMとして聞いています。作品によく似合う曲なので、よろしければ「浅田版シェエラザード」と共に、お楽しみくださいませ。
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