ウォーターシップ・ダウンのウサギたち
私がこの作品を知ったのは、作家の村山由佳さんのエッセイでした。
この中で、ピーターラビットとは違うリアルなウサギをめぐるファンタジー小説として紹介されており、気になっていた1冊です。
イギリスでは有名な児童文学のようで、イギリスの二大児童文学賞、カーネギー賞とガーディアン賞を受賞しているそうです。
お話自体は、人口過剰、いやウサギ過剰のサンドルフォードを舞台にスタートします。
たかがウサギと思われるかもしれませんが、彼らの社会にはれっきとした長老や幹部など、身分階級が存在しているのです。
そんな閉塞的な環境に危機感を持っていたヘイズルは、予知能力を持つ弟ウサギのファイバーの予言に従い、村を出る決意を固めます。
生まれて初めて村を出ることになった彼らを待ち受けていたのは、今まで見たこともないような動物や、異なるウサギの村。
遠巻きに人間に囲われているウサギたちの村(カウスリップの村)や、軍事的性格を持つウサギ村(エフラファ)など、彼らの思想とは異なる文化と出会い、そこから学んだ知識を吸収して、「ウォーターシップダウン」を築き上げていくのです。
一見ファンタジーのようでありながらも(大部分はファンタジーなのですが)、人間による住宅地の造成、道路や鉄道が野生動物にとってどれほどの脅威なのかを描いているところも、このお話がリアリティのある話として、世界各国で受け入れられている要因かもしれません。
さて、魅力的なのは何といっても個性豊かな動物たちです。
リーダー格のヘイズルを始め、予知能力を持つ弟ウサギのファイバー。
向こう見ずなところもあるものの、次第に思慮分別を身に着け、古強者としての頭角を現していくビグウィッグ。
知恵者として要所要所であっと驚くトリックを見せるブラックベリー。
他にも、後半から登場する賢いメスウサギのハイゼンスレイなど、魅力あるウサギたちがたくさん登場します。
さらに、魅力的なのはウサギだけではありません。
エフラファのウンドワード将軍による侵略から、ウォーターシップダウンを守るために、重要なトリックスターとなるゆりかもめのキハール。
名もなき野ネズミなど、時々登場するウサギ以外の動物も非常に魅力的に描かれています。
敵将であるウンドワード将軍でさえ、見ようによっては頼もしいリーダーとして捉えられるのではないでしょうか。
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もう一つ。
この作品の特徴が「エル=アライラーをめぐる物語」がたびたび登場する点です。
(大体、語り部はダンディライアン)
エル=アライラーというのは、伝説のウサギの名前なのですが、これが妙に人間臭い(笑)。
神様をだまそうとしたり、仲間のために立ち上がってみたり、時には危険を顧みずにインレの黒ウサギ(ちょっと死神的な存在のウサギです)のもとへ向かったり。
エル=アライラーのお話だけでも、十分に童話としては成立するので、慣れるまでは物語の中にさらに物語が組み込まれている二重構造に、やや読みにくさを感じるかもしれません。
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ですが、ヘイズルやファイバー、ビグウィッグをはじめ、ほかのウサギたちも冒険や困難を乗り越えるたびに、ユートピアである「ウォーターシップダウン」を守ろうという意思を固めていくのです。
そして、何か危機的な場面に立ち会うたびにこの「エル=アライラーの物語」で勇気を奮い立たせ、一致団結を図っています。
そういう意味では、この作品に欠かせない小話であり、作品全体としてはダブルで読み応えのあるお話だと言ってもいいでしょう。
作品自体は、児童文学ということもあり割と読みやすいです。
強いて言えば、時折登場する「ウサギ語」や、たびたび呼び方が変わる「ウサギたちの名前」に慣れるのに、若干時間がかかるくらいでしょうか。
なお、Netflixでも実写化作品が公開されているようです。
たかが児童文学と侮るなかれ。
十分に読み応えのある作品です。