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肥満論:ダイエット・ハイと別腹の罠;拒食症と過食症
ダイエット・ハイの罠──拒食症
誤解を解くために是非、指摘したいのは、‘ダイエット’すると心身ともに‘スッキリ’して、何事にもやる気がでるという一般常識に関してだ。
実は、食事制限などをして‘ダイエット’をすれば、空腹になるが、その空腹は、活動を司る自律神経の交感神経にスイッチを入れるシグナルである。空腹は体が生命の危機を感じているという生理的反応だから、その‘危機’を脳が察知して交感神経を始動させ‘臨戦態勢’に入って、食物を探すために、活発に行動しようとするのは当然だ(飢餓に備えろスイッチ・オンの状態)。
(注)
「空腹になると体脂肪が分解されて、遊離脂肪酸が増える。そのプロセスを詳しく言うと、空腹によるストレスは、まず脳下垂体からACTH(副腎刺激ホルモン)を分泌させ、ATCHはその名のとおり、副腎の皮質を刺激して副腎皮質ホルモンを出させます。副腎皮質ホルモンが出ると、副腎の髄質からノルアドレナリンやアドレナリン、モルヒネ様物質などが分泌されます。これらのACTH、副腎皮質ホルモン、ノルアドレナリン、アドレナリンはすべて脂肪の分解を促進する物質で、血中の遊離脂肪酸がどんどん増えていきます。こうした一連の流れは、自律神経の交感神経の働きによって行われ、交感神経が活発になると脂肪の分解が進みます。」森川那智子『みんな、やせることに失敗している』JICC出版局、79頁。⇒肥満論:グレリン──食欲増進ホルモンと睡眠も参照。
この一時的な‘ハイ’の状態を勘違いして、‘ダイエット・ハイ’と呼び、絶食のような無茶な行為を続けて行くなら、当然、体に食物が供給されずに栄養が行き渡らないのだから、しまいには体は萎え衰え、普通の活動も覚束なくなるのは目に見えている。
「やせて健康になったから、テキパキ身体が動くんじゃなくて、空腹のせいで落ち着かないだけ。やせて体質改善されたから、目覚めがよくなったんじゃなくて、空腹のために睡眠が浅いだけ。やせて自信がつき、自己主張できるようになったんじゃなくて、空腹でテンションが高くなり、ピリピリしているだけ、そういうことなのです。」(同上、80頁)
逆に、食後、満腹になれば、沈静を司る自律神経の副交感神経が働いて、活動は弛緩する。⇒肥満論:痩せるメカニズム──レプチン効果
これで、体はリラックスして休まるのだけれど、それを、‘ぐったり’と活動が鈍ったと悪く考え、不健康な兆候と勘違いしてしまい、その結果、太って不健康にならないために、食事制限をしてやせようという方向に行ってしまうのは問題である。(同上、136頁)
このような勘違いが、‘拒食症’の引き金になってしまうことがあるわけで、今回言及したように少しの程度でも良いから、基本的な生理学的な基礎知識の流布の必要を痛感する。
別腹の罠──過食症
「デザートは別腹よ」とよく彼女が言うのを聞いたことがあると思う。
主食の前にケーキやあんみつやアイスクリームなどの甘味類を食べてしまうと、もう主食を食べる欲求が失せてしまうのが普通だ。これは、たんぱく質や脂肪に比べて、穀物、イモ類や、とりわけ砂糖に含まれている糖質は消化吸収が速く、血液中の血糖値を急激に上昇させるからである。血糖値が上がると、脳は栄養が満たされたと思い込み、一時的に満腹感を感じてしまうのだ。
ステーキ (たんぱく質) などのメインデッシュの後にケーキ(糖質) などのデザートが食べられてしまう、いわゆる‘別腹’が可能なのは、たんぱく質や脂肪がゆっくりと消化され脳がまだ満腹感を感じていない間に味覚の違う消化の速い甘味類を食べるからなのだ。
しかしそれを良いことに、たくさんのお菓子を食べ続けるとどうなるだろうか?急激な血糖値の上昇に反応して、それを下げるためにすい臓からインシュリンが過剰に分泌されることになる。その結果、今度は一気に血糖値が下がり、一時間半から二時間後には、過食する前よりも血糖値が低下してしまうという、低血糖状態に陥ってしまうのだ。
低血糖になると、頭痛・肩こり・だるさ・抑うつ・不安・イライラなどの不快症状が現われ、身体はその不快を解消しようともっと甘いものを欲っしてしまうという悪循環に陥ってしまう。(同上、126-129頁)
‘過食’が止められずに、‘食物依存’に陥ってしまう‘過食症’の生理学的反応は、このような悪循環ということで理解できるケースが多い。
なお、一般的に男性より女性が甘党でお菓子好きなのは、生理的に説明でる。すなわち、女性ホルモンが減ると脳内のセロトリンという化学物質が減り精神的にイライラしてしまうのだが、甘味類を摂るとブドウ糖がすぐに吸収され、セロトリンを増やすことができる。
最近、コンビニで買ってきたスナック菓子だけを食べて生活するような食行動をとる若者が増えているそうだ。しかし、一時的に満腹感を得られたとしても、体に必要な栄養が満たされていないのだから、結局栄養を満たそうとして、いつまでものべつお菓子を食べ続けることになる。長い時間のスタンスでは満腹感を得られることはなく、栄養不良になって健康を害してしまうのは言うまでもない。
念のために言うと、例えば、胃袋を食物で満タンにしても満足感が得られるわけではない。なぜなら、空腹感・満腹感は胃袋の問題ではなく、あくまでも脳の問題だからだ。
⇒肥満論:痩せるメカニズム──レプチン効果
⇒肥満論:肥満の内と外──パイの量
⇒肥満論:レプチン過多と適量化、「身体の声」を聴く
⇒肥満論:グレリン──食欲増進ホルモンと睡眠
この意味で、カロリーゼロだとしてもてはやされている‘こんにゃくダイエット’も勘違いダイエットの一種である。繊維質以外の栄養がないわけだから、お腹はいっぱいになったとしても、欠けた栄養分を摂取しようとして、体はそれを欲求し、食欲はいつまでも止むことはない。要するに、‘単品ダイエット’は意識的に‘偏食’行為をしているようなものであり、必要な栄養素が摂取されない限り、ストレスを増加させ、飢餓感を増し、結果的に過食してしまい、ダイエットとしてはまったくの逆効果になるものであり、総じて‘間違ったダイエット’であると断言して良いだろう。⇒肥満論:カロリー一元論の落し穴
⇒肥満論:序文
⇒肥満論:お米主食ダイエットのすすめ
⇒肥満論:お米主食ダイエット・ポジコメ追加再録
⇒肥満論:スローフードとしての粗食
⇒肥満論:お米主食ダイエット〜米単品はドカ食いの元、冷や飯の効用