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So far... これまでの人生のサマリー(CATAPULT初期編)

またまた時間があいちゃいました。今回は「これまで」から「現在」の話しなので、一旦は完結することになるのかな?前回のnoteでも少し触れたけど、今働いているCATAPULTの仕事についてです。

そもそもなんの会社か、ってまだ知らない人も多いと思います。
画像にあるように、ブラっぽいベストがフォーカスされがちですが、背中の部分にあるデバイスが肝となります。

この中にGPSチップや加速度計などのセンサーが入っていて、選手の走行距離とかスピード、スプリント回数や加減速などが計測できるんです。こんなん、一般的に知らないのが普通だよねw自分も4年前までは全くしらなかったし、サッカーの試合とかでどうやって走行距離とか測ってるんだろう、って思ってました(試合中に表示されるのはまた別の技術を使ってるんだけどね!)

ということで、このテクノロジーについて知ったのはリバプールでインターンして、リサーチしていた時。タイミングも合い入社に至ったことは書いたけど、実はすごくスムーズに行ったわけでもなかった。

リバプールを卒業する時点で、そのまま海外に居残ってクラブとかリーグとか、スポーツに関わる仕事をしたかったのが本音。でもできない理由はいくつかあった:
1. 金が無かったー普通の学生生活をしてればよかったんだろうけど、旅行行ったり、サッカー見に行ったり、割と楽しい生活をしていたため、ホントにやばい状態になったw
2. ビザ問題ー本当に武器となるものだったり、経験、現地の人たちより秀でたものがあればどこでもビザをサポートしてもらえただろうけど、当時の自分は特にバリューがなく、ぎゃふんと言わせられるものがなかった。
3. 色々考えすぎたー今思えば当時は何も自分にアタッチされるものはなかったし、もっとハングリーに貪欲にも行けたけど、社会人も経験してたし、ある程度の給料の基準とか考えちゃってたのかもしれない。それがいいか悪いかは別として、結果としてそこまで海外で働くことに執着はしてなかったのかも。

ということで、カタパルトに入ることを考えて、応募。他の会社なら全く返事がないところ、次の日に返事が来て、面接をセッティング。リーズにオフィスがあるので、そこの偉い人と面接。うまく行き、次はスカイプで自分の上司となる人とオーストラリア↔リバプール間で面接。じゃあ、次は日本で会おう、ということで日程も決まってないまま帰国。

その最終面接の間に色々な人と会ったり話したりして、今後について考えた。他の可能性もないかなーと模索したりもして。帰国して1ヶ月後くらいに最終面接がセッティングされ、実施。午前に話し、夜には飯に誘われ、そこでほぼ内定を伝えられた。今でも面白い話しなんだけど、そこで連れて行ったもらったのが五反田にあるめちゃくちゃうまい寿司屋で、今でも通ってるんだけど、オーストラリア人に行きつけを紹介されるってゆーw

ここはone of the best sushi joints I've ever been to.
↑でいう「joint」というのはもしかしたら日本語では聞き慣れないかもしれないけど、「場所」って意味で使われることがあります。今日のワンポイントレッスン!(無理やりぶっこみましたw)

その後もちょっと人と話したりして、元々知ってた人の関係で声もかけてもらえたけど、結局カタパルトを選んだのは:
1. 夢に少し近づけるー大学を卒業してから、「日本のスポーツ界を変えたい」「文化にしたい」と考えていて。もちろん自分の生きている間にすごい変化があるかはわからないけど、その貢献をしたいという想いを持っていて。それを、世界の新しいテクノロジーを持ち込んで、日本のスポーツ界に新しい風を吹かすってのは少し役に立つかなーと思った点。
2. やりたいことができるーヤフーでも経験したのは、でっかい企業では承認プロセスが鬼のように長い時がある、ということ。なにかしたいと思っても、それを人に伝え、承認されて、それがさらに承認されてボスを倒さなきゃ実現できないってこと。もちろんリスクヘッジもあってそうなってると思うけど、スピード感もないし、大変だなと感じてた。逆にカタパルトはほぼ一人でマーケットを任せられる立場だったから、自由にやりたいことを実現できる、って点がすごい魅力的だった。
3. 一番チャレンジングな環境ー2点目ともつながるんだけど、色々自分でできちゃうから、その分失敗した際のダメージもあるってのもわかっていた。でも自分は今まで大きな失敗も特にしたことないし(それを避けていたと思う)、色々自分で決める責任みたいなのも背負いたかったんだと思う。何よりも新しいものを、ほとんどネットワークの無いクラブの現場などに売り込むってのはかなりチャレンジングだと思った。だって、今まで営業ってしたことなかったから。そもそも営業の仕事をしたいと思ったことないので。靴やで選んでるのに声かけられるのも嫌な人なのでw

そんなこんなで2015年の10月末に採用され、そっから2週間ほどのメルボルン研修。技術的なことから、今までやったことのない営業トークの仕方など、色々詰め込まれました。色々と理解したつもりで帰国して、いざいろんな人と話してみると、まだまだ完全にわかってなくて、日々メルボルンのメンバーに質問したり。当初は繰り返して、失敗して、自分で学んでいく、ってサイクルをとにかくこなしていかなきゃという感じでした。

更に、最初の頃は日本と韓国の担当だったので、2ヶ月に1度は韓国に行って仕事をしてたりして、色々とカオスな経験をさせてもらったもんでしたwそれにしても、多くの企業がそうなんだけど、「〇〇 (Japan & Korea)」みたいな職が多くて、いやいや、全然違う国ですけど、ってツッコミたくなるよね。自分もビジネスして改めて思ったけど、仕事の仕方、付き合い方とかは似てるようで違います。これはまた別途書いた方がいいね、「国によるビジネスの仕方のちがい」みたいな感じに。

ってか、こんだけ書いても、スタート地点までしか説明できていないw
ということで、そんなこんなで仕事をこなして行ったけど、それから今まで感じたことやしてきたことはまた次回に書くとしましょう!

仕事始めて最初の方に撮ったマーケ用の写真。懐かしいなー。そしてカメラセンスあるなーw

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