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【訳文】カミュ『ペスト』、訳者三者三様です

文章ってこんなに違うのかあ?
それを分からせてくれるのが、
「翻訳比べ」です。

カミュの「ペスト」はいま、
新潮文庫(1950年刊)
岩波書店(2021年4月刊)、
光文社古典新訳文庫(2021年9月刊)、
カミュ「ペスト」は今この
3種類の翻訳書で読めるんです。

まずは
3つの翻訳文を
読み比べてみて下さい。

【1つ目】
「この記録の主題となる一連の奇妙な事件は、194✻年、オランで起こった。
大方の意見によれば、とても普通とは
いえないこの事件は、オランで
起こるにはふさわしくなかった。
じっさい、一見してオランは普通の
町だし、アルジェリア沿岸にある
フランスの県庁所在地のひとつに
すぎない。」

【2つ目】
「この記録の本題となる奇異な
出来事は、194✻年にオランで起きた。 
少し通常から外れた事件なのに、
その起こった場所がふさわしくなかった
というのが大方の意見である。
一見したところ、オランはなるほど
通常の町であり、アルジェリア沿岸に
あるフランスの県庁所在地以上の町では
ない。」

【3つ目】
「この記録の主題をなす奇異な事件は、194✻年、オランに起った。通常という
には少々けたはずれの事件なのに、
起った場所がそれにふさわしくない
というのが一般の意見である。
最初見た目には、オランはなるほど
通常の町であり、アルジェリア海岸に
おけるフランスの一県庁所在地以上の
何ものでもない。」

カミュ「ペスト」の冒頭部分です。
同じ箇所ですから、
ぜんぜん違う訳ではないですが、 
ちょっとずつ違いますね。

このような違いも、
一冊読むとしたら、かなりの
違いになりますね。
自分の生理に合わないと辛い。

私は、2つ目が読みやすく感じますが、
1つ目も、負けずスラスラ読みやすい。

ただ、1つ目はとても平易ですが、
2つ目は、ちょっと雰囲気的に
回転がかかってるような、
キザな読後感があります。
そこが、フランスの翻訳書として
ふさわしく感じてしまう。
どちらがいいか、
それはもう個人差ですね。

意味のわかりやすさを
第一優先するなら、
1つ目でしょうけれど。

3つ目は、訳文としては
かなりモタモタしているような?
でも、格調高い雰囲気はありますね。

その辺りは、もはや
個人的な相性でしょうか。
個人の好き嫌いですね。

答え合わせすると、
【1つ目】は一番最近に
発売された光文社古典新訳文庫。
訳した人は、中条省平。
フランス文学や一般海外文学に 
造詣が深い方。
論理的に訳してる。

【2つ目】は、岩波文庫。
去年に発売された新刊ですが、
フランスらしい、ちょっと
ヒネリを随所で効かせた読み味。
今フランス文学を読んでるなあ、
という感慨にひたれます(笑)。
訳した人は、三野博司さん。
国際的なカミュ研究者。

【3つ目】は、新潮文庫の訳文。
1950年に創元社から発売された、
ペストの日本語訳の元祖だそうです。
かなり文章が古いのも仕方ない。
でも、味はありますね。それも
かなりクセが強い味わい。
訳者は、仏語訳者、宮崎嶺雄さん。
戦後に創元社編集長を務めている。

さて、いかがでしたか? 
冒頭部分だけですから
上記だけでは決められないですが、
日本語ってこんなに風味が
使う人によって、
こんなにも違うんですね。

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