投身
20240828
潮時というのなら自分なんてとっくのむかしに潮時だ―――そう思ったのだ。
人はいずれ死ぬ。どんなに恵まれた人生を与えられたとしても、最後は絶対に死ぬ。生き方は選べても死に方は選べない。自分がいつ、どんな形で死ぬかは誰にも分からないのだ。
人は大事なものを一つ貰うと、同じくらい大事なものを一つ失ったりする。
一つ貰えば、一つ失う。
「夫婦がお互いの病気のことを打ち明けなくなったら、もう夫婦でいる意味はないんじゃないの」
「今の世界って、不自由と自由がこんなふうに同居してるんだねー。すごいヘンな世界だといつも思うよ」
「私なんてさ…
顔もきれいじゃないし、子供も産めない女だよ。好きに生きるしかないじゃん。ほんと、人生どうだっていいよ」
「さあ、どうだろう。好きとか嫌いとか、私、昔から、そういうのよく分からないんだよね。でもあなたは可愛いし、ときどき無性にあなたとこういうのしたくなるんだから、きっと好きなんだと思うよ。私なりにね」
「あの、正直言うと、僕は来年卒業して仕事見つけたら、結婚したいと思ってる」
「結婚?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。ずっと一緒にいたい、くらいのセリフは出るのかと思っていたがまさか「結婚」なんて言い出すとは想像していなかったのだ。
「やっぱり無理かな。僕なんかと結婚するなんて」
「あのさあ、結婚って何のためにするか知ってる?」
「その人とずっと一緒に暮らしたいから」
「そうじゃないでしょ」
「違うの?」
「あのね、結婚っていうのは子供を作るためにするんだよ」
「子供?」
「だから、いま言ったことは、要するに私に自分の子供を産んでくれってことなわけ」
「何か夢があるの?」
「あるよ」
「何?」
「普通に暮らすこと」
酔いの回った身体に夜風が心地よかった。誰もいない通りを歩いていると、夜を独占しているような贅沢な気分になる。
肉体の痛みや苦しみは嫌いではなかった。痛みや苦しみに耐えていると、罰を受けている感覚に浸ることができる。
"自分の男" が食べている姿を見るのはとても楽しい。 これは女にしか分からない喜びだろうと思う。そんな気持ちになるのは本当に久しぶりだった。
「大事な人を失ったら、身体の水分が奪われるんだよ、人間は」
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