母は手負いの虎だった8 「純粋な絶望・子ども達の命の目撃者になる」
もう消えたい。
そんな心境の19才が訪れた異国の地で。
なぜか、ある青年の里帰りをスポンサーし、同行することになった所からの続きです。
ジャングルの奥地にある、青年の故郷まではフェリーに乗り、山を越える必要がありました。
まずは車ごとフェリーに乗るため波止場へ。
近くまで行くと、さっきまで音楽かけてご機嫌だった青年が、路肩に車を寄せて停車。
真面目な、ちょっと沈んだ表情で。
「何があっても絶対窓は開けないで。外の人たちと目を合わせないで。」
と言う。
了解して波止場に着くと。
目のない子ども。
足のない子ども。
手のない子ども。
やせ細った子ども。
身体中切り傷の痕だらけの子ども。
まるでゾンビ映画のワンシーンのように、大勢が車を取り囲んで窓を叩いてくる。
フルーツ買ってくれ!
腕輪を買ってくれ!
という物売り。
お金くれ!と叫ぶ物乞い。
ただ見つめている子。
運転席で青年が呟く。
「ぜんぶ、あの子達の親がやるんだ。お金をもらえるようにって。その子どもを(物乞いさせるために)他の人へレンタルしてお金もらったりしてる。」
彼らと目を合わせるな、という青年。さっきのまでの無邪気さは消え失せ、鋭い目つきで前だけを見つめている。
わたしはこの子たちを助けられない。事実。
ただ、絶対に忘れないでおこう、と感じて。
その子ども達の姿、目ををしっかり見つめて、シャッターをおろすようにまばたきをして、記憶に焼き付けました。
それしかできない。
この子たちが確かにここで、この日、生きていたことを、覚えておくことしかできない。
誰かがまっすぐに自分の目を見つめてくれた事が無いのだろう。子供達はわたしがじっと彼らの目を見つめると。アピールすると同時に、ちょっと戸惑った表情で目をそらす。
この子ども達には選択肢がない。
今日も。明日も。ここにいるしかない。
ここで。生きているだけ。
君たちほどじゃないけれど、その絶望は知ってるよ。
もう生まれ直さないと無理だよね。
この人生での回復なんて、現実味がなくて信じられないよね。
ただ、辛く。生きてるだけ。
ここにいるだけ。
でも、いつか、何か奇跡な嬉しい事が起きるかもしれない。って、その希望さえ抱くのが尚更残酷に感じる日々。いつか、なんて来ない。
わたしは。この子達が生きていた、この日のこの風景、彼らと目があった事を死ぬまで覚えておこう。
ゆっくりと人をかき分けながらフェリーに乗り込む車を、両手に売り物を抱えた、片足の子どもがずっと見ていた。
あの子は、明日も生きているだろうか。
わたしの手に血が通ってあたたかいのと同じように。あの子の手だってあたたかいはずだ。
でも。心は、つめたく、硬く、泥だらけの雹のように。転がっているだけかもしれない。
フェリーに乗り込んで車を降りようとすると。
またしても青年がわたしを引き止めて。
「親しげに話しかけてくるやつ、全員スリだからしゃべらないで」
と。
あんなにはしゃいで「おやつ3日分」を買い込んでいたジゴロ青年は。波止場のちょっと手前から、ずっと。冷静な殺し屋みたいな目になっている。
なんか。わかるな。
人の闇。自国に守られない。希望のない自分。自分より若い同じような絶望した子ども達。自分の力では、自分の身ひとつでさえどうにも出来ない。ましてや、港にあふれる子ども達の力にもなれない。
そんな闇を宿した青年の瞳。漆黒に透き通った純度の高い絶望。
黒すぎて美しくさえある。
港の子ども達の目よりも、隣に座る青年の美しくも絶望に満ちた目の方が、わたしには痛々しかったです。
だんだん、死出の旅らしくなってきました。
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