漂流教室vol.12 『万葉集』の授業
1年生の古典で『万葉集』をやっています。
授業ではまず『万葉集』の文学史的なお話をします。
こんな感じですね。
『万葉集』は奈良時代の終わり頃にできた、現存最古の和歌集だよ。
短歌はもちろん、長歌もたくさん載せられている。
ところで、長歌とは「五・七」の句がいくつも続いて最後は「五・七・七」で終わるもので、
これを数式で表すとこうなる。
n(5+7)+7 nは自然数だな。
(まあ、数式を書いたのは遊びです。)
長短織り交ぜて、約4500首の歌が、全二十巻に収められている。
この大量の歌が「万葉仮名」という特殊な表記方法で書かれている。
例えば、「夜麻」、「八万」は同じものを表している。
それは「山」。
「マウンテン」を表す漢字「山」と表記することもあれば、
漢字の音だけを使って「夜麻」、「八万」と書き表すこともある。
じゃあこれは?「古比」
「こひ」つまり「恋」です。
こういうのもある。
「孤悲」
「孤独」で「悲しい」のが「恋」
なんか、すごく工夫しているような気がするねえ。
では、これはどう読むのか?「二八十一不在国」
「八十一」は「くく」と読む。「くくはちじゅういち」
万葉人は算数が達者だったのだよ。
「不在」は「あらず」
完全に漢文の訓読。ちょいと活用させて「あらな」と読む。
さて、こう読みます。
「にくく(憎く)もあらなくに」
「憎くもないのに」ということですな。
さて、これなんかもはやアクロバット。
「山上復有山」
これは漢字一文字を表している。
「山」という文字の上にもうひとつ「山」を書いてみて。
ほれ、「出」ができた。
こんな風だから、もはや平安時代の人には読めなかったらしい。
そりゃ、こんなものすらすら読める奴はおらんわなあ。
だから、村上天皇というお方が『万葉集』訓読のために研究所を作った。
これを「和歌所(わかどころ)」という。
当然、和歌所には当代の英知を結集した。
その集められた研究員、寄人(よりうど)の中にこういう方がいた。
清原元輔(もとすけ)。
なんと清少納言のお父さん。
親子してすごい人たちだねえ。
さて、『万葉集』を最終的に編集したのは大伴家持(おおとものやかもち)だといわれている。
家持は越中国に赴任したから、都から富山へ行くときにこのあたりも通ったはず。
(私、北陸の地方都市におります。)
温泉ぐらい入っていったかもしれん。
そう思うと親近感がわくなあ。千年以上も前の人だけど。
という風な授業をしております。
黒板に板書しながら、あっちへ脱線こっちへ脱線しながらなので、
なかなか授業が進まない。
パワーポイントなんかで文字情報を映し出せば、板書の手間が省けるというお考えもあるのですが、私はどうも、プレゼンテーションと授業は違うと思っている。
パワポ資料は写しているときはいいけれど、
スライドが替わると前のスライドのことを忘れちゃう。
どなたもそうですよね?
え?まさか、わたしだけ?
黒板やホワイトボードなら全面書き終えるまでは、情報は保存されているし、
生徒たちはノートに写し取ることもできる。
ICT機器の活用って、聞こえはいいけど、
人間自身がアナログで、マルチタスクならぬシングルタスクなんだから・・・
先生が黒板にコツコツ板書している時の「間」って、必要だと思うんだけどなあ。